ナージャが建ち並ぶ造船所のうちの一つを指差した。青い屋根の造船所。表には、青なんとか造船所、と看板が立てられている。
ナージャはその向かいにある建物を指差して、悪戯っ子じみた笑顔を浮かべた。白煉瓦でできた、頑強そうな建物だ。ナージャは静かにするよう、サイに身振りすると、向かいにある建物の堅牢な扉を押し開けた。
そこは作った船の部品を保管する倉庫だった。
倉庫の中は、窓からの明かりでうすら明るく、中央には薄日に照らされた作りかけの部品が鎮座していた。部品は未完成ながらも、堂々たる様相を示している。サイは巨大な部品を見上げ、感嘆の声を上げた。部品がひしめき合う狭い倉庫に、声は吸い込まれていく。
「すごいでしょ」
ナージャが我がことのように言う。サイはそれに相槌を打つので精いっぱいだった。保管されている部品の一つ一つが、精巧で、圧倒されていたからだ。
あの部品一つに、どんな職人たちの思いが、ドラマがあったか想像しただけで胸が打ち震えた。今、目の前にあるのは職人たちの技術と努力の粋だ。部品は、見たところ八割が出来上がっていた。ざっと見たところ、今にも船が組み上がりそうだった。
「すごい」
「サイ?」
丁寧にしまわれた部品は、それぞれ堂々としていたが、要(かなめ)が抜けていた。たとえるならピースの足りないパズルだろうか。ある程度は組み上げることは出来ても、完成することはできない。
「お前、なんでここにいるんだ?」
嫌に流暢な声に、サイはナージャを振り返った。ナージャはそれに首を振る。というか、男の声だったような。
振り向くと、倉庫の入り口にフードを外したトッドが立っていた。銅(あかがね)色の髪と目。本人がなにより隠したがる犬の耳が露わになっている。垂れ目気味の暗い赤の目が、ナージャの方を向いて、ため息を吐いた。
「なるほど?ナージャに連れてこられたってか」
「ええ」
自分の名前が出た途端、ナージャは肩を竦ませた。サイとトッドの共通語はナージャに聞き取れないだろうから、内容が分からない恐怖というのもあるだろう。
それを見越してか、トッドがナージャのくすんだ金髪をかき混ぜた。彼女と視線を合わせるようにしゃがみこんで、何かを語りかけた。今度は立場が逆転して、サイがトッドの言葉を聞き取れない。
どうも、関係ない人間を入れるな、というようなことを言い聞かせているようだった。けれどナージャはどこ吹く風。はいはいと相槌を打つだけで、ちゃんと聞いているのやらわからない。
トッドはそんなナージャの態度にため息を吐いて立ち上がると、サイとナージャの少し後ろに立って、同じように船の部品を見上げた。
「どうだ?」
なにが、とは訊かれなかった。むろん部品に不備があるはずもない。それは、トッド自身が理解しているところであろう。
「充分じゃない。八割もできていれば上等よ」
サイは答えた。どんなに抑えたって声が弾む。
その八割は、去年の造船計画がくじけてしまった時から、造船団が意地と矜持をかけて制作し続けてきたものだ。
サイの答えに、トッドの口元が僅かに弧を描いた。
「そいつはありがたい」
サイの口元も同じように弧を描いていた。たとえ今は完成していなくても、サイからしてみれば、八割できているというのは僥倖だった。八割出来ていれば、完成が早まるのだ。彼女の頭の中では、足りない部分をどうやって補うかの算段が、足りない頭で練られ始めていた。
「あとはプロペラを付けて、浮き袋を付けて――手伝いなら言ってね――あとは」
思い付く限りを列挙して、指を折っていくサイのその姿は、いたずらを考える子どもに似ていた。最後の言葉を言ったのは、ナージャだった。
それは造船に関しての最大懸念事項――。