Novel

1章 7

「飛空石(ひくうせき)」
 三人の間に沈黙が落ちる。誰かがため息をついたかもしれなかった。ナージャも一瞬偉いでしょう、という表情をしただけで、すぐに難しげな表情になってしまう。
「どうしたの?二人とも。クローヴルには飛空石がたくさんあるんじゃないの?だから造船が盛んなんでしょう」
 サイには訳が分からない。クローヴルは造船が盛んだ。それは燃料の核となる飛空石が豊富に採れるから――。目の前にいる幼馴染みに、ずいぶん昔に聞いた理屈だった。
 その幼馴染みは、何かに怒ったような表情で唇をかみしめていた。
「軍」
 ぽつり、とナージャが言った。
「軍?」
「軍が、悪い」
 ナージャの端的な標準クローヴル語では、何が何やらよくわからない。一体何なの、と話の続きを促すと、幼い少女の眉間に皺が寄った。それでも拙いながらに話してくれる。
「トッドが、あの顔する。その時、絶対、軍が悪い」ナージャはそうして言葉を探すようにあー、うー、と呻いた後、こういった。
「飛空石高い。それ、軍が悪い」
 子どもにここまで言わせるとは。この国に、一体何が起こっているのだろう。サイは俯いた。もっとちゃんとクローヴルについて調べて来ればよかった。だらしのない自分が情けない。分かっていれば、トッドにかける言葉もあったろうに。
 サイはぐっと拳を握りしめた。
「何をしている」
 と、不意に低い掠れた声が倉庫に響き渡った。ナージャとサイは弾かれたように、トッドはのろのろと声の主の方を見た。倉庫の入り口に立つ男性はトッドと同じくつなぎを着ていた。彼も造船士なのだろうか。
 造船士はトッドの方へつかつかと歩み寄ると、その低い声で何かを怒鳴り散らした。その途中でナージャとサイの方を指差していたので、二人がここに忍び込んだことに関係があるのだろうか。
 ナージャの方を見れば、両耳をふさいでつんと澄ましている。私は関係ないと言わんばかりに。
「あなたが連れてきたんでしょうが」
 苦言を呈しても、ナージャは文字通り「聞く耳を持たない」。なんだか苛々してきたが、善意で行動しただろうナージャに当たるわけにはいかない。そのくらいの分別は持っている。
 結果として、サイの怒りの矛先は、自然、怒鳴り散らす造船士へと向いた。