Novel

1章 継目

彼、トッド・ノルドハイムが目深にフードをかぶっているのは、彼が寒がりだから、そして、その奇異な体色で周囲の視線を集めたくないからだ。
トイレで口をゆすぎ終わったサイは、ふらふらとしながらも自分の足で歩いていた。
「行くぞ。歩けるか」
トッドはそう言って病院の外を示した。サイはそれに頷いた。どうせ長くはいられないのだ。観察したところ。体調は最悪よりも少しまし、くらいだろうか。
トッドが病院にいるのは他でもない、サイの幼馴染みであるからだ。つまりお前なら彼女の言葉が分かるだろう、というアルファード少佐直々のご指名であった。
だが、正直言ってトッドはサイとあまり関わり合いになりたくないのが本音だった。幼馴染みといえば聞こえはいいが、つまり幼い頃の友人な訳であって、十三歳の時にクローヴルへ渡ってきたトッドは、サイとそこまで親しいわけではない。
――ただ、サイもあまり友達の多い奴ではなかったが。
回顧する。
あれはいつの頃だったか。まだ2人が子どもだった頃のことだ。
売り言葉に買い言葉で、サイは崖のような丘のてっぺんに立っていた。その背後には、にやにやと意地の悪い笑みを浮かべた、いわゆるいじめっ子が立っていた。
話は、こうだ。
学校で、議論になった。人は空船に乗らずに空を飛ぶことができるのか、と。サイはできると言い、いじめっ子はできないと言った。いじめっ子たちは言ったのだ。
お前がそういう根拠を見せてみろ、と。どうもサイは昔から頭がおかしいと思う。常識外れのことを、真面目な顔で言い放つのだ。
話は過熱して、どちらが正しいかの勝負になった。しかも、その勝負の賭けにトッドの空船の雑誌が、サイによって勝手に賭けられたのだから敵わない。
結局勝負には負けて、全治三ヶ月の怪我を負った。雑誌はいじめっ子に取り上げられ、サイとトッドの仲が一時的に悪化したのは言うまでもない。
 思い出して、苛々してきたのは気のせいではないだろう。あの雑誌は、なけなしのお金を出して買った、大切なものだったのに。
 つまり、トッドは昔から、サイの考えなしの行動の被害者だった。
 自分の横をふらふらと歩く黒い頭を見下ろして、思う。こいつはやっぱり頭がおかしい。と。自分の体調が悪くなるなら、来なければいいのに。
 今回の依頼にしたって、頭がおかしい。雲の下ぎりぎりまで飛ぶのが限界の空船で、雲の上に行きたいというのだ。
「ちょっと、遅いわよ、トッド」
「ああ、はいはい」
 いつの間にか自分の前を歩いていた黒い頭を追いかけて、少し早足になる。その様子を見て、サイがなぜか不機嫌になった。