Novel

ある北国の物語改_二章 11

「……イ、おい、サイ!」
 幼馴染みの口喧しい声に目を開ける。何かの夢を見ていた気がした。そこに幼馴染みが出てきたような気も。
 目を開けると、体がぎしぎしと痛んだ。ゆるりとあたりを見渡せば、床の上に横たわっているらしい。どうやらまた落ちたらしい。床にぶつけたらしい頭の痛みはともかくとして、吐き気は随分と楽になっている。
「手伝って」
 逆さまに映るトッドに向かって、両手を差し出す。体が痛いのとだるいので、起き上がれる気がしなかった。トッドが弱っている相手に弱いのは、よくよく知っているのだ。予想通り、心優しい幼馴染みはサイが起き上がるのを手伝ってくれる。そうして椅子にかけた。どうにも既視感のある流れに思えて、はて、と首をかしげる。
「体調は」
「もう、大丈夫」
「おいおい」
 トッドは、疲れた、とでも言いたげに顔を片手で覆った。彼の動作がただのポーズであることをサイは知っていた。だからおざなりに返事をすると、すぐにトッドはすぐに真面目な表情に戻る。
「ここどこ?」
 窓の外を眺めながら訊く。五月だというのに、窓の外には、延々と畑が広がっている。畑には薄っすらと霜だか雪だかが降り積もっていた。融け残っている、といったほうが正しいのだろうか。どうもクローヴルの五月は、暖かくなるのにはまだ早いらしい。
 サイの質問に、トッドは信じられないとでも言いたげに声を荒げた。
「なに寝惚けくさったこと言ってやがる。お前列車に飛び乗っただろうが」
「そうじゃなくて」
 いきり立つ幼馴染みを遮るように言った。
「今、この列車はどの辺りにいるのって」
「どの辺りって、そりゃあ……」
 気勢を削がれたせいか、トッドは視線を彷徨わせた。やがて待ってろ、と言い置いて、離れた席に座っているのだろうアルファード少佐の方へ歩いていった。
 サイが雪の中の茶斑を数えていると、それが二十個いくかいかないかのところでトッドが戻ってきた。
「も少しで着くってさ」
「そう、何もないといいわね」
「不吉なこと言うなよ」
 サイと向かい合わせになった座席に腰かけながら、実に嫌そうにトッドは言う。
「『転ばぬ先の杖』という奴よ」
「それ、何か取り違えてないか?」
 得意げに笑うサイに対して、トッドは胡乱げな視線を向ける。じゃあ何が正しいのよ、とむくれて見せても、さあなあ、と惚けられるだけだった。
 やがて街が見えてきたかと思うと、ギイイ、と音を立てて、列車が勢いよく止まった。急停車した衝撃で、油断していたサイの体は宙に投げ出される。サイは三度床に叩きつけられる羽目になった。二度あることは三度ある――父の教訓が頭を過ぎる。
「大丈夫か」
 どこかおかしそうにトッドが訊いてくる。
「どっか折れたかも」
「冗談叩けるなら、平気だな」
 再びトッドに助け起こされながら、窓の外を確認する。煉瓦を敷き詰めて構成された駅がそこに広がっていた。広大な空間に、人っ子一人いない。物静かな寥廓(りょうかく)で厳かな空間は、まるで神殿のようだ。
「Oh Schreek!」
 なんてことだ! イシューの幼馴染み二人組は異口同音にそう言った。トッドは寒さに震えながら、サイは好奇心に打ち震えながら。叫ぶと、それが広い駅に木霊するようだった。
 クローヴル北部プーリャニジェ。約二日の行程を終え、終着駅へとついたところであった。
 ドアが開いたせいで、隣でトッドがはあ、白い息を吐いた。
「寒い」
 歯の音をカチカチ言わせながら、トッドが一言低く呟いた。顎が震えるとは相当だ。
「まだ列車の中は暖房が効いてるじゃないの」
 呆れ半分に言うと、幼馴染みは目線を合わさぬまま再び白い息を吐いた。
「お前みたいな、防寒体質じゃ、ねえの」
「防寒体質?」
「お前の、寒さへの強さは、異常」
 つまりサイが一切寒がらないことを揶揄っているらしい。遺憾である。
「私だって寒がることくらいあるわよ」
 それを聞いた途端、トッドはぎょっとしたように――なにか信じられないことを聞いたように、目を剥いた。
「ねえ、ちょっと。その態度は一体なにかしら」
「お二人とも、何を話されているんです?」
 死角から唐突に現れたアルファードに、サイは一瞬飛び上がりそうになった。
 彼は一度外に出ていたらしかった。というのも、アルファードの半身が列車外にはみ出していたためである。
「寒いと思ったら……お前のせいか」
 唸るようなトッドの逆恨み言を、アルファード少佐は黙殺した。少佐はどこか苛ついているようだった。もしかすると、サイとトッドがこうして駄弁っていたせいで、彼の計画にズレが生じてしまったのかもしれない。
 それはその程度の余裕を組み込まなかったアルファードの方が悪い気もするが、ともかく、サイは殊勝に居直って出来るだけ彼の怒りを鎮めることにした。ちらりと横目でトッドを窺うと、幼馴染みも似たような態度を取っている。
 それはまるで、教師に叱られる生徒のようだった。反省しない子どもと、その子どもに理解を促す大人。あながち間違いでもないのが面白い。