サイは北へ向かうにあたり必要そうな荷物を詰めたトランク片手に、駅へと急いでいた。と言っても、実際に急いでいるのは氷上そりであったが。
クローヴルは広い国だ。それに造船が盛んなのは知っての通りである。そのため、国内の移動にも船を使うことはままある。けれど、それが叶わない地域がある。
北だ。
北国クローヴルでも北に位置するそれらの地域は、季節を問わず余所者を寄せ付けない暴風が吹き、船の翼や浮き袋を凍てつかせる。そうなってしまっては、船は飛ぶことができない。これも空船が雲の上に行けない理由の一つであった。だから列車で向かうのだ。
氷上そりが大きく揺れて止まった。一番駅に近い停車場に着いたのだ。
「ありがとう!」
サイは多めに運賃を払い、トランクをひっつかむと駅へと走った。ソレーンの整然とした街並みが幸いして、駅へたどり着くのに、大した苦労はしなかった。
駅は街の中央に、司令部と向かい合うようにして存在していた。普段ならその煉瓦で出来た綺麗な外観を堪能できたのかもしれないが、今のサイに、そんな心の余裕なんて無かった。
ただ、早く駅に行かないと大変なことが起こる。――しかもそれはきっとトッドに関わることだ――そんな漠然とした不安で頭が一杯で、景観に気を配る余裕なんてあるわけがない。
駅では丁度出発のベルが鳴り響いていて、列車はもくもくと煙を吐き出し始めていた。
「ちょっと待ってください!」
駅員が剣呑な様子で静止にかかってくる。サイは走る速度を落とさないまま跳躍し、駅員を「飛び越えた」。
そうして鈍く動く列車と併走すると、開いていたドアから間一髪、飛び乗った。ドアを閉めようとしていた車掌が悲鳴を上げる。
「どうかしました?」
客室の方から、ばたばたと走ってくる音がする。まずアルファード少佐が顔を出した。それに続いてトッドがフード姿を覗かせる。どうにも顔をしかめたように見えた。だが実際のところは分からない。二日酔いと、乗り物酔いが合わさったせいで、サイには床がぐるぐるとまわっているように感じられていた。
「お前、何やってんだ」
列車はもうすでに走り出していて、降りることはままならない。開いたままの昇降口から、速度を上げて流れていく地面が見えた。それを見るだけでサイの酔いも加速する気分だった。アルファードが車掌に対応を問うている。その場に座り込んだサイの眼前にトッドがしゃがみこんだ。
「何してくれてんだ、お前は」
「見送りよ」
それだけを言うと、揺れる車内の中、サイは辛うじて保っていた意識を落とした。今度こそ失くさないようにと、借り物の服ばかりが入ったトランクを抱えて。