列車運行及び飛空石の採掘許可は、思っていたよりも早く出た。黒猫亭(チョルヌイ・コット)での話し合いから1ヶ月。サイたちが工房で船の部品を造っていた時のことだった。
「やあ、トッド・ノルドハイムはいるかな」
ノッカーが叩かれる。工房の入口にはアルファード・J・ノルン少佐が立っていた。
トッドとアルファードが酒飲み友達だということを知ったのは、あの日、四月十九日、黒猫亭からの帰り道でのことだ。
友人同士ということで少しは気安いのだろう。「いるけど」部品となる木にやすりをかけていたトッドが、外気に首をすくめつつ、軽く返事をした。入り口にアルファードの姿を認めると、驚いたような声音で、「お前まだ中央に帰ってなかったのか」と呟いた。
「何の用だ?」
「許可が降りた」
アルファードの静かな宣言に、おおよそ一拍おいて工房中が湧き上がった。
特にサイの興奮は特筆すべき物がある。
「すごい! すごいわ! トッド、やったじゃないの!」
身長がが同じくらいの雑用ソーマと、手を取り合って踊る始末であった。
「ただし条件がある」
人差し指を立てて、アルファードがそう告げると、工房は若干落ち着きを取り戻した。
「北方までの列車は許可しよう。ただし」
そこでいったんアルファードの言葉が切れた。
「軍がするのはここまでだ。ここから先の交渉は、君たちの仕事だ」
それはどこか暗澹とした口調であった。
アルファードが条件を言い終わると、先のような浮き足だった雰囲気は消え伏せ、むしろ絶望したような沈黙が漂っていた。訳が分からないサイは戸惑うしかない。
「そりゃあねえよ!」
最古参のトーボーグが叫んだ。それを皮切りに他の職人達もアルファードを非難し始める。
「何なの?」
「暗にお前らにはなにもできるまい。だからなにもするなって言ってんだ」
トッドは拳をぐっと握りしめた。
「けど彼は関係ないわ」
「……ああ」
サイは兎に角、クローヴルの実情に疎かった。だからアルファードに同情的でいられたし、トッドが拳を握りしめた理由も分からなかった。
とにかくその場はトッドの取りなしで収まったが、工房の職人達からの不満は止むことがなかった。
「行けばいいのでしょ」
不満の出る理屈のわからないサイは、とにかく希望論を唱えるしかない。明確なデメリットが思い描けていないゆえの言葉だった。だがそれは職人たちの反発を招く。彼らは正確なデメリットを知っているゆえに。
トッドは腕を組んで俯いていたが、やがて顔を上げると、よし! と威勢のいい声を上げた。
「行ってくる。帰ってくるまでお前ら、留守を頼んだぞ」
その言葉にどよめいたのは職人たちだ。トーボーグが全員を代表して不満を口にした。
「行ってどうにかなる問題じゃないでしょう」
「それもそうだが、ここで言い合っててもどうにもならんだろう」
トッドの言葉に職人たちは押し黙った。トッドの言ったことは事実であった。ここで二の足を踏み続けていたら船は永久に完成しないだろう。
「……分かりました。ただし」
トーボーグの厳しい声が、黙り込んだ工房中に響いた。
「飛空石、絶対に取ってきてくださいよ」
それにトッドは一言で応えた。
「おう」
二人のやりとりを見ていた職人たちが、今夜は祝い酒だ! と騒いでいる。サイも訳がわからないながらその喧騒に混じっていた。