駅に着いてから、アルファードの様子がおかしかった。
さっきまでフィリクスと軽口を叩きあっていたのに、急に黙りこくってしまったのだ。フィリクスがそれを見て、僕と離れるのがそんなに寂しいのかい? とからかっても、反応しなかった。いよいよ発車の時間となってもどこか上の空でいるので、トッドが心配したように声をかけた。
「おい、出発するぞ。乗らなくていのか、アルファード」
「え、ああ」
アルファードが眠りから覚めたように応えて、フィリクスに何かを伝えた。兄の背中を見送る弟の表情が、やけに陰鬱そうなのが目についた。列車に乗り込んだアルファードにサイが理由を訊くと、彼は何でもないですよと言って、わらうだけだ。
来た時と同じ行程を経てソレーンへ戻る。だが列車の中に同じような高揚感はなく、代わりに、周囲にもやがかかったような、漠然とした不安感があった。得体の知れない緊張が3人を包んでいた。
そうしてその日が訪れた。6月26日。その日は朝から雲が垂れ込めていた。曇天なんてクローヴルでは大して珍しくもない天候だが、この日に起こる事件のことを考えると、それすら何らかの予感に思えるのだから不思議なことだ。
時計は午(ひる)の12時22分を指していた。丁度、プーリャニジェからの列車が着いたところだった。
――タァン。
サイの背後で、銃声が響き渡った。振り返れば、丁度撃たれた幼馴染みが崩れ落ちるところだった。
サイが血相を変えて駆け寄るも、その時にはもう、トッドの赤銅色の髪は血だまりの中に沈んでいた。あの見間違えようもないほど紅い瞳は、瞼の奥に閉ざされてしまっていた。
「トッド?」
サイがどんなにトッドの体を揺すっても、反応はない。それどころか、トッドの体は、クローヴルの寒気であっという間に熱を奪われていく。
「トッド、ねえ、起きてってば」
サイの声は複数の理由で震えていた。いつもなら、うるさいなあ、とトッドの不満が返ってくるだろうが、もうそんなことを考えるのは不毛というものだった。そう、トッドは死んだのだ。片手でそっとマフラーに触れる。あの、やたらと寒がりな幼馴染みは、もう。
おもむろにサイは立ち上がり、ベルトに挟んだレイピアに手をかけた。そしてその切っ先をアルファードへ向けた。
「友人じゃ、ないのか!」
トッドはアルファードを「友達」だと称したのだ。サイには、それが上っ面だけのものだとは思えなかった。アルファードだって、トッドのために列車の許可を取るべく尽力してくれたではないか。
「だからですよ」
サイに予断なく銃を突きつけながら、アルファードは言った。そしてその体勢のまま、引き金を引いた。