サイたち四人が集会所に戻ると、そこには相変わらずノルンの人々が詰めていた。ずいぶんと遠くまで行ってきたような気がするが、実際にかかった時間は一時間もないだろう。
ハーンドから報せを聞いて、長老はよぼよぼの目を見開き、サイの顔をまじまじと観察した。
「まさか、そのような……。娘、否、乙女御(おとめご)、よもや、貴殿は」
長老はサイに畏怖のこもった視線を向けた。それにつられて、詰めていたノルンの人々もサイのほうを向く。誰かが、青き衣を纏う人、と呟いた。それを聞いて、集会所が不気味なほど静まり返った。
そんな中で、長老はサイの目をしっかと見ると、よろしかろう、と言った。その言葉に集会所が色めき立つ。
「その方、光石を持っていくといい」
「何故!」
叫んだのは入口に立つハーンドだ。外部の人間を嫌う彼は、トッドが飛空石を持ち出すことに不満であるらしい。
それはフィリクスも同様らしく、机にかけた彼は、静かな調子でどうしてです、と尋ねた。長老は一瞬そちらを見やってから、静まれい、と声を張った。
「彼の者は、遺跡の文書(もんじょ)を読んだのだ。それに何の問題がある。彼の者は我々が課した試練を成し遂げたのだ。我々になんの反論ができる」
長老の一喝に、ほとんどの人間が黙り込んだ。それでも、ハーンドのような“外部嫌い”は、納得ができないようだった。そもそも彼らは、外部の人間に飛空石を持ち出されたくないのだ。
サイはおもむろに腰に提げるレイピアを抜くと、集会所の真ん中に躍り出た。
「文句がるなら、私に勝ってから言ってよ」
そうして集会所を見渡す。床に突き立てたレイピアが、小気味いい音を立てた。そもそも、「集会所で長老の沙汰を仰ぐ」という現在の状況そのものが、我慢の限界だったのだ。そんなサイの行動に、トッドはあっちゃあと言わんばかりに頭を抱えた。
「上等だ」
ハーンドが進み出た。それに集会所が騒めいた。しかし、二人を止めようという酔狂なものは終ぞ現れなかった。
決闘は集会所の目の前、スコーリン村の大通りで行われる運びとなった。
ハーンドが手にするのは、大角鹿の角を削り出して作られた、曲がった剣だった。対するサイの武器はレイピア。打ち合いになったら負ける。これは剣術の勝負ではない。どちらが先に相手の懐に潜り込めるか。2人の“速さ”の勝負だった。
二人が地を蹴ったのは同時だった。早かったのはサイの方だ。一瞬早くハーンドの懐へ潜り込むと、レイピアの柄をハーンドの鳩尾に叩き付けた。
ただ、速いということは、体重が軽いということと同じことだ。ハーンドはふっとばされて尻餅をついたが、すぐに頭(かぶり)を振って立ち上がる。
ハーンドの曲り剣が大きく振りかぶられる。サイはそれを躱して、冷静に反撃の隙を伺った。
再び曲り剣が振りかぶられる。剣を振りきる僅かな隙に、サイはハーンドに肉薄して、レイピアの切っ先を突きつけた。
ハーンドは唸って、その場に崩れ落ちた。
勝負は決した。
「他に文句ある人は?」
レイピアの先で軽く地面を突きながら、サイは集会所のほうを振り向いた。集会所の人々からは目立った反応はなく、人々はただ困惑するばかりだ。そこで長老が、よいな、と念押しすると、ようやく、渋々とだが納得したようだった。
そうして飛空石の採掘が認められたところで、サイとトッドは、善は急げと、早速ルーシャ遺跡に取って返した。
無論ノルンの人々が、外部の人間に何の監視もつけないで、己らの聖地へ足を踏み込ませるような真似はしない。軍人としてフィリクス。倒れたハーンドの代わりにノルンの青年二人がサイとトッドについてくる運びとなった。
ルーシャ遺跡についたところで、幼なじみ二人は壁に埋まる飛空石を掘り出す作業への参加は許されなかった。ただ見ているだけという状態にサイは腹を立てたが、こればかりは仕方がないことだとトッドが宥める。この遺跡は外部の人間が触れていい場所ではない。
「お前なあ、何も荒事でもって解決しなくてもいいだろう」
フィリクスの家に向かう道すがら、トッドが言った。トッドからしてみれば、問題は少ないに越したことはないのだが、銀色の瞳をした幼なじみは、「目的が達成できれば手段は問わない」人間であるので、自分の行動で回りにどんな被害があろうが知ったことではないのだ。
このある種自己中心的な考えが、後に悲劇を生むのだが、それはまた別の話である。
トッドの両手には抱えるほどの飛空石の塊が抱えられていた。日の元でみると、それは若葉のような色合いをしていた。
「別にいいじゃないの。それより、随分もらえたじゃない」
サイはそう言って飛空石に視線をやった。そんなサイに言い聞かせるように、トッドが言う。
「あのなあ、飛空石は表層を削らないとその真価を発揮しねえもんなんだよ。考えてもみろ、飛空石は物を浮かせる石だぞ? そんなのがあの遺跡で効力を発揮したら大変なことになるだろうが」
「ああ、それもそうね」
「だから、本当に『飛空石』と呼べるのは、実際はこの塊のうち、掌大の欠片程度でしかない」
何やら感慨深げなトッドの説明に、サイは神妙そうな表情になってふうん、と頷いた。
小ぢんまりとしたフィリクスの家は目前に迫っていた。
フィリクスとその兄アルファードの生家は、一人暮らしをするのにはやや広く、かといってあと二人の人間を寝泊まりさせるにはやや部屋数が足りなかった。客間は一つしかなく、ほかの部屋も容易に他人を泊められるような状態ではない。
フィリクスはその事実に顔を歪めて、「兄も僕も軍人なので……。両親は死んだのに、その後片付けもできないんです」と自嘲する。
一応この家には地階があるのだが、そこで寝泊まりするのはあまりの寒さにトッドのほうが辞退した。
そのため、サイには唯一の客間が、トッドには、もはや空き部屋同然のアルファードの部屋があてがわれた。
さて、ここまでが5月22日。昨日の話である。