北部の都市プーリャニジェは、ソレーンと比べて雑多な街、という喩えが正しいように思える街並みをしていた。
実際、中央都とソレーンで敢行された都市計画が、プーリャニジェでは自然の猛威の前に潰えた、という記録があるので、雑多なのは仕方のないことだろう。
街の四方は壁が建てられ、寄せる吹雪を防いでいた。家々も、ソレーンに比べればより堅牢な造りをしている。
サイたちは、その一角、プーリャニジェただ一つの食堂で昼食をいただこうとしていた。
「うーん、黒猫亭もおいしかったけど、こっちも捨てがたいわね」
早くも料理を口に含んだサイが唸った。隣では彼女の幼馴染が呆れた目で彼女を見下ろしていた。
「お前は待てができないのか」
「だっておいしそうなんだもの」
トッドが呆れたように言った。
「それ食ったら行くぞ」
「もう行くの?」
サイは訝しげにトッドの高い位置にある頭を見上げた。行く、行かないの問題ではなく、二人は足止めを食らっていて動けないのだ。というのも、二人をスコーリン村へ案内できる人間が居らず、進むに進めないのだ。
「お待たせしました」
二人が食べ終わったから一時間して、フィリクスが戻ってきた。サイが瞳に期待を込めて立ち上がる。対照的にトッドはフィリクスの一挙足を窺うような表情だった。
「まあ結論から言いますと、スコーリンヘ行けるようになりました。案内は僕が務めます」
「じゃあ、誰がアルファード少佐の案内をするの」
サイの問いかけに、トッドがこれみよがしに呆れた表情をしてみせた。
「アルファードはフィリクスの兄貴なんだ、ちょっと考えなくてもわかるだろ」
「何がよ」
トッドの言わんとしていることが、サイにはまるで理解出来ず、彼女は首を傾げるばかりだった。
「だから、つまり、僕は兄さんの監視役だったと言うわけですよ」
やや言い含めるようにして、フィリクスは年下の異国人に言った。その言葉に、サイは目を瞬かせて、大丈夫なの、と問う。
「ええ、兄さんがなんとか周りを言い包めましたから。それに、今回は北方司令部の利になる話でもありますし」
遠い目でそこまで話して、フィリクスはしまった、という表情になる。机の向こうで、トッドが、何やらきな臭えな、と、呟いていた。
「さて、行きましょう。ここでぐずぐずすればするほど、到着が遅れますからね」
プーリャニジェを更に北上すること3時間。昼時だったのは、もうにわかに薄暗くなり始めていた。
そこはクローヴル最北の村であるにもかかわらず、プーリャニジェのような壁を持たない。拓けた土地で、雪の中集うように家が並ぶ。
スコーリンは、「凪の地」だと言われる。滅多に暴風が吹かないという意味だ。そんなスコーリンであるが、一年に一度、厳寒期に暴風の吹き荒れる季節がやってくる。こういう土地では、石でできた壁よりも、むしろ、積もった雪を壁の代わりに使うほうが遥かに合理的なのだ。
「ここに宿はないので、よろしければ僕の家に泊まっていってください」
フィリクスの提案に、サイとトッドは頷いた。それは、長旅に疲れた2人には申し分のない申し出であった。
翌日、朝早く目を覚ました二人は、フィリクスに案内されて村の中央にある集会所へと向かった。 ここでまず、飛空石を採掘する許可を取らねばならないのだという。
飛空石は、スコーリン近くの隠された遺跡ルーシャに埋まっている。
ルーシャ遺跡は、かつて光の女神が地上に降り立った場所だといわれる所だった。同じような逸話を持つ場所は、クローヴルにいくつか存在する。そのうちのひとつが、あのサヴェール山脈。ナージャ・ジーグリンとシードル・ジーグリンの出身地であった。
サヴェール山脈山麓に住む”ジーグルン”と、ルーシャ遺跡を擁する”ノルン”は、この事実を一因としてひどく対立している。