……ということを、集会所へ案内されるまでにフィリクスは語った。なぜノルンの人々は遺跡に人を立ち入らせたくないのか。それを知っていないと、下手なことを言いかねないからだ。
許可を取ることが一行の最大の試練であるのは、トッドだけがよく理解している様子だった。サイは相変わらず物見遊山気分が抜けず(それは言葉が通じないという障害があるからでもあるのだが)、フィリクスは助言してくれたとはいえ、関わりの薄いノルンよりの第三者である。トッドは何度目と知れない白いため息を吐いた。冷気が口の中に入ってきて、冷たくてむせた。
集会所には、老若男女さまざまな人が集まっていた。ただ、黒い髪に黒い瞳という容姿は、彼らの血のつながりをうかがわせる。黒い髪に銀色の瞳のサイはともかく、髪も瞳も赤銅色のトッドは――フードを被っているのもあるが――ひどく浮いて見えた。
集まった人の中でも、厳(いかめ)しい顔つきをした老人が立ち上がり、言った。彼が長老であるらしい。
「その方(ほう)らか、光石を欲すると申すのは」
彼が発したのは古いクローヴルの言葉だった。隔絶された土地に住むゆえに、古い言葉やイントネーションがそのまま残されているのだ。
トッドはそれに面食らったようだが、すぐに持ち直して長老との交渉にかかる。
サイはフィリクスによる同時通訳を聞きながら、ことの経緯を眺めるしかない。
「あなた方がこの厳しい環境で、伝統を重んじながら生きていることは重々承知しております。光石があなた方にとって重要な意味を持つことも存じております」
トッドはそこでいったん言葉を切った。ちなみに光石とは、ノルンの方言における飛空石のことだ。
「ならば我々が引かぬことなど、その方らにはわかっておろう」
長老の顔は厳しい表情のままであったが、声にはわずかな譲歩があった。
「ですが、我々にも譲れぬ理由があります。我々は我々の生きる町のために、船を作らねばならない。だからお願いします。欠片でもいい、飛空石――光石を、分けてください」
トッドが頭を下げた。長老はそれにたじろいだように、一歩下がった。
どうするのだ。という声が、集会所のあちこちから上がる。だがそれと同じぐらいに、どうもするものか、というこえもあちこちから上がった。
トッドが頭を上げて、長老の目を射すくめた。それに長老はヒッと小さな悲鳴を上げた。震える指でトッドを指差し、お前、と情けない声を出した。いつの間にか集会所は水を打ったように静まり返っていた。皆が長老の言葉を聞き逃すまいとしているようだ。
「お前、アルファードと同じ……!」
その言葉に、集会所は今度こそワッと騒ぎ出した。際の隣に座っていたフィリクスが、「軍人として」騒ぎの収集に乗り出さねばならなくなった程だ。その為に、サイは途中で事態に置いていかれてしまった。彼女が聞き取れた範囲では、誰かが「村に不幸が」と叫んでいた。騒ぎ出した人たちは、そのままトッドを取り囲んで、集会所から文字通り「叩き出そうと」していた。
サイは村人たちが何を騒いでいるのかはわからない。理解のできない不協和音は雑音だ。だが、幸か不幸か、サイは不協和音の一部を理解できてしまった。
「Гай Как Альфарда(アルファードのような奴が)……」
――同じようだから、何だというのだ。同じようだからトッドがこの村に不幸を呼ぶというのか。
「やかましい!」
気がつけば、サイはテーブルに片足を乗せて、叫んでいた。
「同じようだからなんだって言うの! 目と髪の色が変だからって、何だって言うの! トッドとアルファード少佐は別人でしょう。――私の親友に、手を出すな!」
サイの一喝に、ようやく場が収まる。村人は多少落ち着きを取り戻したようで、集会所はしばらくしん、としていたが、ややあって、人々は各々の席へと戻っていった。
長老が、では、と前置きしてからサイとトッドに告げた。
「もし、遺跡に書かれた文字を、その方らが読めたのなら、光石の持ち出しを認めよう」
その宣言に、集会所がざわついた。だが、ざわつきに反してたいした反論は出なかった。むしろ人々の声はわざとらしいほど同情的だった。