Novel

二章 5

「Oh Schreek!」  なんてことだ! イシューの幼馴染み二人組は異口同音にそう言った。トッドは寒さに震えながら、サイは好奇心に打ち震えながら。目の前には、白銀の世界が広がっていた。
 クローヴル北部プーリャニジェ。約二日の行程を終え、終着駅へとついたところであった。
 サイとトッドが二人して震えている横で、アルファードは白い息を辺りに撒きながら、訝しげな表情をうかべていた。
「どうかしたの」
 サイが暢気に声をかけると、アルファードは困ったように答えた。
「案内人が来ているはずなんですがね、見当たらなくて」
 その声は割と深刻そうだ。今度は寒さにうち震えながらトッドが口を開いた。それは問うような声だったという。
「お前、北部の、出身じゃ、なかったか」
「え? ああ。確かにそうだけど、随分前に東方司令部所属になったきりだから。……それに、向こうの好意は甘んじて受けるべきだ」
「それもそうね」
「ここで、待つの、かよ……」
 そう言ったトッドは歯の根をがちがち言わせて、かわいそうなぐらいに震えていたという。サイもそれを哀れがって、早速前言撤回して「どこかで暖まれないの?」と問うた。とりあえず三人で列車の中へと戻った。外気の当たる駅舎よりも、列車の中のほうがはるかに暖かかったと、トッドは後に日誌に書いている。
「……ですが」
 駅舎の外にはうず高く雪が降り積もっていた。おそらくこれが原因で案内人の到着が遅れているのだろう。北国ではよくある話だった。
「火を熾(おこ)すとか。……そうだ、ここに電話はないの」
 流石のサイでも、電話の存在は知っていた。きょろきょろと小さな駅舎を見渡した。それらしいものを見つけて、列車から飛び出した。後からついてきたアルファードに冷たい受話器を渡す。つながらなかったらしい、アルファードは力なく首を振った。
「申し訳ありませんが、当駅の電話線は切れております」
 唐突に声がした。トッドの声とも、アルファードの声とも似通わない、第三者の声だ。背後から響いてきた声は、電話線が切れている旨だけを告げると、「ばったりと倒れた」。二人に声をかけた第三者は、雪を全身にまとったその状態で、その場に倒れてしまったのだ。
 とにかくその第三者を列車に運ばねばならない。運搬はアルファードと、列車の中で暖まっていたトッドが請け負った。サイにはもともと人一人運べる力などない。彼が列車の中に運んだとき、トッドが大いに文句を言ったのは言うまでもないだろう。
「誰だよ、こいつ」
 一通り文句を言い並べ立てた後で、トッドが訊いた。答えたのはアルファードだ。
「北方司令部の寄越した案内人。……多分ね」
 そういう割には、案内人を床に寝かせるというぞんざいな扱いであった。しまいには手の甲で叩いて「おい、起きろ」と言い出す始末であった。アルファードと寝ている彼とは、よほど気心が知れているのかもしれなかった。
 そうこうしているうちに、案内人が目を覚ました。彼は目を覚ますなり、姿勢を正して、泡を食ったように言った。
「北方司令部からの遣いできました。フィリクス・ソローノヴィチ・ノリン伍長であります」
 案内人フィリクス・S・ノリン伍長は、名乗りながら、ぎこちない敬礼をした。特徴のない黒髪に、黒い目をしていた。サイはあることに気づいて、問いかける。
「”ノリン”ということは、アルファードの親戚か何か?」
 その言葉に、二人の間の表情が凍りついたように見えた、とサイは後に語る。
「似てはいないけれど、弟、です」
 僅かに視線を彷徨わせ、どこかぎこちなく、アルファードが答えた。フィリクスは窓の外に視線を投げていた。確かに二人はまったく似ていなかったが、質問を投げかけたサイは、良くも悪くも、そんなことを気にする性格ではなかった。
「見た目が似てても、中身が似ない兄弟だっている。少なくとも、私はその例を知っている」
 サイは僅かに俯きながら言った。顔には特にこれといった表情は浮かんでいなかったろう。彼女がどうしてそんな表情をするのか、幼馴染のトッドは理解していて口を挟まなかった。
 ベージュ色の兄と黒色(こくしょく)の弟は顔を見合わせた。だからといって、お互い何か気の利いたことを言える年齢でもなかったので、アルファードのほうから「どうしてお前はここにいるんだ」と問うた。
「聞いてはいたが……。左遷に左遷を重ねて、ついにこんなところにまで追いやられたのか」
「先にも申し上げた通り、アルファードの案内役で」
「ああ、そういう堅苦しいのはいいよ。別にアニーシヤの執務室にいるんじゃないんだから。それにしたって、お前、前会ったときは軍曹だったじゃないか」
 あれ、違ったか、曹長だったか。向かい合わせに座って、くつろいだ格好でアルファードは言った。それにつられてか、フィリクスも砕けた調子になる。彼はため息をついて、どこか特に目をやりながら、虚ろな声で言った。
「兄さんにはわからないよ。ただ不幸の星の元に生まれついたってだけで、こんなに惨めなことってない」
「あー、うん。なんだ、その……。大変だったな」
 明後日の方を向きながら、たどたどしくアルファードは言った。
「下手な同情は受付けてないよ」
 とにかく、北方司令部に向かいましょう、というフィリクスの言葉で、その場は締めくくられた。