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二章 3

 列車は目的地プーリャニジェへと、確実に向かっていた。約二日の行程の半分を越え、いよいよ窓の外には吹雪が舞う。
 プーリャニジェは北方司令部所在地だ。予定では、アルファードとはそこで別れ、サイとトッドはさらに北にあるスコーリン村へ向かう手はずになっている。
 流石に列車の中にも冷気が漂い始めた。寒さに弱いトッドはコートに顔を埋め、口を開こうとしない。その幼馴染みのサイは、酔いを乗り越えたのか、平然とした顔で頬杖をついていた。
 彼女は不意に顔を上げると、窓に押し付けんばかりに近づけた。サイの上気した吐息で、窓がどんどん曇っていく。
 曇りガラスの向こうでは、雪が地面と平行に舞っていた。線路の脇は真っ白だった。
「Erstaunlich(すごいわ)! 外が真っ白」
「まあ、北国のクローヴルでもさらに北の方に向かっていますからね」
 アルファードは窓の外を見ることなく答えた。
「そんなことより、これから『北の方』に向かうというのに、あなたは、そんな格好で寒くないんですか」
 訝しげな表情で、アルファードが問う。サイの格好と言えば、いつも通りのチュニックにベストという薄着だ。せめてもの防寒具といえば、いつかトッドに貰った白いマフラーが巻かれている程度。不十分にも程があった。
「平気よ。私、寒さには強いの」
 元のように腰掛けながらサイが答える。
 アルファードはそれを信用していない様子でふうん、と頷き、サイが腰に提げるレイピアを指した。
「手袋はしておいたほうがいいですよ。外の気温で金属を触ると、手に張り付きますからね。
 ――まあ、あなたはそれ以前の問題のようにも思えますが」
 サイはアルファードの皮肉を聞き流し、トランクの中から適当なハンカチを取り出すと(この事態にアルファードが顔をそむけたのは言うまでもない。トッドは寝た振りだ)、レイピアの柄に巻きつけた。これで直接金属を触ることはなくなった、とサイは満足げに頷く。
「これでいいわね。……ごめんなさい、私が何?」
「何でもありません」
 アルファードはどこか疲れたように答えて、椅子の背にもたれかかった。
 そしてまた、客室の中は沈黙に支配される。体感で十分もしないうちに、サイが口を開いた。
「ねえ、訊いていいかしら」
「何でしょう」
「あなたは列車の運行を許可してくれた。でもそれ以上はしないと言った。それってどういう意味」
 サイの銀色の瞳がアルファードの薄茶色の双眸を射抜いた。トッドに訊けばすぐに教えてくれるだろうが、今は口を開かないだろう。それに何より、自分だけが何も知らないというのがサイは嫌だった。だからそんな状況をすぐになくしてしまおうと、彼女なりに行動したのだ。
「行けばわかります」
 アルファードは目をそらして、先延ばしの答えを返した。サイはそれに恨みがましい声で持ったをかける。
「ナージャとシードルにもそう言われたわよ」
 二人の名前を聞いて、アルファードはわずかに目を見開いた。けれど視線をすぐに落としてしまったので、彼が驚愕でそんな表情をしたのか、はたまたほかの何かなのかはわからない。
「難しい問題なんです」
 俯いたまま、アルファードは言った。絞り出したような声だったという。サイは再び窓の外に目をやって、白い息を吐いた。
「世の中難しい問題ばっかりよ」
 愚かな彼女なりの、精一杯の皮肉だった。ただ混ぜっ返しただけとも言える。そう嘆くだけで済むのなら、世界はこれ以上なく平和でしょう、という。
 窓の外を眺めていたサイには、彼女の言葉を聞いて握り締められたアルファードの拳も、ましてトッドが歯を食いしばっていたことにも、気がつかなかった。