そうして、その日の夕方は祝いに費やされた。その夜は誰かの宣言通り、祝い酒であった。
どこから調達してきたのか、工房には安酒が並ぶ。聞けば、黒猫亭が融通してくれたのだという。調べてみれば、この日――五月十九日――の黒猫亭の出納帳には、「瓶の酒十数本譲渡」という曖昧な記述がある。おそらくそれがこのことなのだろう。
当局に目をつけられない程度に騒いで呑む。話によると、口封じのために近所の住民にも酒を振る舞っていたそうだ。
酒の席となればある程度無礼講となる。サイもそれを承知して、回ってきた酒は拒まず口に含んでいた。トッドは宴の主人公として、あちこちに引っ張りだこだ。
まず彼に降りかかったのは職人達から賛辞の雨。具体的に言えば、酒を頭から振りかけられたのだ。
「やめろよ、全部が俺の力って訳でもねぇだろう」
トッドがそう言っても、職人達からの賛辞は降り止まなかった。
そうして近所の住民や、共同で船を作る白鹿造船団の面々から労いの声をかけられた。
雲の上まで行く船、というだけあって、街の人々の期待は大きなものだった。何しろ、半ば街の存亡が懸かっていたのだ。
ソレーンの一角、この街、モントレビーは造船業で成り立っていた。しかし、最近は物資不足から生業の造船も成り立たなくなっていた。そして遂に、軍から通告が出されたのだ。
――モントレビーに大工廠(だいこうしょう)を設立する。
大工廠。つまり、軍直営の巨大武器工場だ。
モントレビーに住む人間がどうなるのかについては、一切触れられなかった。だが、おそらく追い出されてしまうのだろうとは皆が思っていたことだろう。そして、そこに降って湧いた造船の話だ。
期待しないわけがない。トッドたちと拠点を同じくする白鹿造船団は協力を名乗り出、人々は寄付を募った。
この時点で、トッドの両肩に余るほどの期待が寄せられていたのは、自明であろう。
トッドは苦笑いでその場を逃げ出し、風に当たっているらしいサイに近寄った。彼女が寄りかかる工房奥の宿舎の窓からは、作りかけの船が見えた。
「なにやってんだ?」
「別に。あの船がいよいよ完成に近づくんだなって、ちょっとね」
酔ったのだろう、やや怪しい呂律でサイは言う。頬も随分赤くなっていた。だが、それは酒のせいだけではないだろう。
「おうおう、飛空石さえ手にはいりゃあ、あとは完成を待つだけだもんなぁ」
応えるようにトッドが言って、その赤銅色の髪をかき上げる。彼は異国語で「上手く行けばな」と呟いたが、喧騒の中で、サイには聞き取れなかったらしい。
「何か言った?」
サイが聞き返す。トッドが何でもない、と返そうとした時だ。
「トージャ!」
職人達が呼んでいる。サイが、お呼びよ、とトッドの背を押した。