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 万能鑑定士Qの事件簿 ブックレビュー
  該博な知識を武器に重大事件に挑むスーパー・ヒロイン 
解説/三浦天紗子(ライター・ブックカウンセラー)

  三浦天紗子 (ミウラアサコ)
東京都生まれ。
「アンアン」「Domani」などの著者インタビューを担当。「ダ・ヴィンチ」「L25」でブックレビュアーを務める。女性の幸福をテーマにした書籍も執筆。
著書に『ブックセラピー 女性が元気になるためのブックガイド』(アンドリュースプレス)『モテる女のひみつノート』(戎光祥出版)他。

540円(税込)
角川文庫
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 博覧強記の人物が探偵役を務めるのは、シャーロック・ホームズの登場以来、ある種、ミステリーのお約束だ。
 アイザック・アシモフ「黒後家蜘蛛の会シリーズ」で活躍するのは老給仕、ヘンリー・ジャクスン。レックス・スタウト「ネロ・ウルフシリーズ」では、蘭愛好家の美食家探偵ネロ・ウルフが、ジョン・ダニング『死の蔵書』ほかクリフォード・ジェーンウェイが活躍するシリーズでは、好きが高じて刑事から古書店主にまでなる古書コレクター、クリフが、ドナルド・ソボル「少年たんていブラウンシリーズ」では“百科事典”の異名を取るロイ・ブラウン少年が、事件を鮮やかに解決する。
 日本では、京極夏彦「京極堂シリーズ」の古書店主・中禅寺秋彦や、篠田真由美「建築探偵桜井京介の事件簿シリーズ」で建築物の鑑定を謳う桜井京介、東野圭吾「探偵ガリレオシリーズ」の物理学者・湯川学、津原泰水『ルピナス探偵団の当惑』に登場する、頭脳明晰な高校生・祀島龍彦、等々。
 変わり種では、ダンテの『神曲』が愛読書という黒のラブラドールが探偵役を果たすJ・F・イングラート「黒ラブ探偵名犬ランドルフシリーズ」、アンティーク椅子そのものが推理に当たる松尾由美「安楽椅子探偵アーチーシリーズ」なんていうのまで。
 しかし、ざっと並べてみても、天才的な観察眼と類まれな洞察力を駆使して、難事件に挑む頭脳派系の女性がいない。ミス・マープル? かの人好きのする老嬢は推理力こそ見事だが、いわゆる高い学識を頼みにしているわけではない。
 ところが、ついに松岡圭祐が、該博な知識を武器に重大事件に挑むスーパー・ヒロインを登場させた。沖縄・波照間島出身の凜田莉子、二十三歳。ゆるいウェーブのロングヘア、猫のように大きくつぶらな瞳、小顔と抜群のプロポーションが印象的な、「万能鑑定士Q」の看板を掲げるモデル級の美女がそれである。
<Qシリーズ〉と銘打たれた新シリーズが、本書から幕を開ける。
 物語のキックオフは、都内各所で目撃された「力士シール」をめぐる謎だ。
 力士シールとは、白地に墨で描かれた和風の顔絵のシールのこと。べた塗りの七三分けの髪に眉の下には横線のような目、たっぷりと脂肪がついた二重あごが特徴の中年男が、無表情にこちらを向いているという図柄になっている。何年か前に銀座で確認されたのを皮切りに、少しずつ範囲が広がり、至るところで見かけるほどに増殖。シールが大抵、大通りから一本入った路地のガードレール、電柱、公衆電話、あるいは商店のシャッターや外壁などに貼られている。
 力士シールのインパクトは絶大かつ無気味だが、誰が作り、何のために貼ったのか、一切がミステリー。そのシール騒ぎの背景を探るべく、調査に駆け回っているのが、雑誌記者の小笠原悠斗である。角川書店発行の週刊誌『週刊角川』に所属、利口そうなハンサムだが、ちょっとKYで頼りない社会人四年生の青年だ。
 松岡圭祐はもともと、取材に裏打ちされたリアルさを土台に、エンタテイメントに徹したフィクションをスタイルとする作家だ。だがこのQシリーズにはかつてないほど卑近なネタが織り込まれていて、読者の好奇心や空想心を体験的に満足させてくれるものではないかと思う。
 たとえば、力士シール事件は、実際に東京のいくつかのエリアで目撃され、2008年初頭ごろからインターネットで話題になったこともあるものだ。真相は現実世界でも突き止められていないが、ドイツで流行ったゲリラ・アートの流れではないかという説に落ち着いているようす。しかし、著者が本書に記したこの顛末のほうが明らかに興奮させられるし、よくぞこんなフィクションに落とし込んだと感心してしまう。
 また、小笠原が勤める角川書店は、多少の脚色はあるものの、社屋近辺や社内の描写はかなりリアル。関係者は苦笑するしかないかもしれない。
 さて、「部数につながる新事実をつかんでこい」と編集長にハッパをかけられ、力士シールの貼られたガードレールの波板までサンプルとして入手した小笠原だが、名のあるプロには軒並み鑑定を断られ、スクープを狙う計画は早々に暗礁に乗り上げる。引き受けてくれそうな鑑定家を探すため、必死にインターネット検索していた矢先、ヒットしたのが、会社のほど近くにある凜田莉子の店だった。
 小笠原が一縷の望みをかけて訪ねたものの、店の鑑定家はうら若き女性ひとりだという。すでに店内にいた先客も、それを聞いてとまどう。先客が持ち込んだのは一枚の西洋画。「即日鑑定、万能という言葉をうのみにしたほうが馬鹿だった」と毒づきながら、しぶしぶ女性に見せた絵画は、すでに採取した有機物質に特殊なレーザー光線を当てて材料を突き止め、制作年代などを調べる「スペクトル・フォト・メタ」という鑑定技法をパスしたものだった。しかしすぐさま莉子は別のアプローチからその真贋を見分けてしまうのだ。
 莉子の美術への造詣に圧倒された小笠原だが、そこは週刊誌記者。いじわるな考えも浮かぶ。いかに知識が広くても、万物の鑑定依頼にひとりで応えるなんて本当に可能だろうか、と。
 そこで腕にしていたオメガのダイバーズウオッチを見せ、型番や機能、製造年代などを鑑定させようとするのだが、莉子は見事に品定めした時計や、彼が持ち込んだ波板をヒントに、彼の職業や入社歴、勤務先まで言い当ててしまう。彼女は審美眼や人間観察眼のみならず、行動力だって並ではない。絶句する小笠原を急き立てて、シールの貼られている現場を見に行こうと誘う積極性がその証し。本書で狂言回しを務める小笠原とともに、莉子の鮮やかな活躍が始まる。
 著者が書くそうしたスーパー・ヒロインには、すでに〈千里眼シリーズ〉のクール・ビューティー、岬美由紀という颯爽としたカリスマがいる。元自衛隊員で、武術にも長け、戦闘機や戦車まで操縦できる屈指のサバイバル能力の持ち主。その一方で、語学堪能、歴としたトレーニングを積んだ有能な臨床心理士でもある。文武両道を地でいくキャラでありながら、心優しく、年ごろの女性らしい脆さもある愛すべき二十八歳。
 その岬美由紀と肩を並べるくらいのスーパー・ヒロインというのは、指名されてもなかなか荷が重いのではないかと莉子の身を案じながら読み始めたのだが、それはまったく要らぬお節介というものだった。むしろ、凡庸な男など出る幕のない岬美由紀より、博学ではあるけれど少し純粋すぎて、つまずいては立ち上がる莉子のほうが等身大の魅力を湛えていて、親近感を持つ読者もいるかもしれない。
 なにせ彼女には、上京する前の高校時代、担任教師が将来を心配するほどの劣等生だった過去がある。勉強ができないというだけでなく、会話の文脈を読み取れない天然系で、明るく屈託がないだけにはらはら。就職のアテもなく東京に出るなんて水商売でもするつもりかと気を揉む担任に、「水を売る商売なら、就職したい」と真顔で返す。そのうぶさ加減はトゥーマッチな気もするが、それくらいの天真爛漫さが確かに彼女の魅力でもある。
 そんな莉子が、底知れない情報量をいかにしてものにし、誰もが舌を巻くような論理展開ができるようになったのか。知性派への変貌ぶりは、『万能鑑定士Qの事件簿T』では小出しにしかされていないが、マルチな鑑識眼を有する才能の源になっているのは、IQでもなく高等教育でもなく、比類ないほどの感受性の高さだという点が心憎い。情動、つまり感情の強さ深さが記憶のメカニズムとも関係があることは脳科学の分野でも証明されているが、莉子は人一倍、そのネットワークが強いのだ。
 いち早く莉子の美点に気づき、導いてくれるのが、大手リサイクルショップ、チープグッズの社長を務める瀬戸内陸。牧師になって人助けをするのが夢だった瀬戸内は、島のため、人のために尽くしたいと考える莉子の理想に、人間らしい真善美を見出し、自分の思いを重ねる。瀬戸内は娘の楓を可愛がるように、莉子にも親身になって手を差し伸べる。
 松岡圭祐は好んで、自らの手で運命を拓くバイタリティーや、誰もが「こうありたい」と考えるようなまっすぐで力強いヒューマニズムの持ち主を描く。その最たる存在が本シリーズでは莉子であり、またシリーズT巻では、瀬戸内も気宇壮大なそのロマンの体現者なのだが……。ふたりの運命的な出会いは、U巻で予想外の形で幕が下りる。そう、『万能鑑定士Qの事件簿T』は、続くU巻も合わせて一つの大きなエピソードとなっていて、T巻では掬いきれない謎がたくさん散りばめられているのだ。
 物語の舞台は、東京の飯田橋界隈、羽田、沖縄の石垣島や波照間島、『週刊角川』編集部、リサイクルショップ、不審な料理教室、牛込警察署の会議室等々。この事件は、科学分析を施したことでいっそう不可解になる。そんな矢先、莉子のもとに不動産の出物があるというニュースがもたらされるのだが、その顛末は数珠つなぎに、日本社会を悪夢的混乱へ近づけていくことに。十数ページずつのチャプターごとに、時系列が細かく前後する箇所もあるし、めまぐるしく場面展開する箇所もある。だがシーンががらりと変わっても、ビジュアライズに長けた文章はすぐさま読者をすんなり物語へ連れ戻す。
 何と言っても、T巻ラストのチャプターで、ハイパーインフレが起きている近未来らしき日本の姿が活写されるのだ。その前には、一件落着かに見えたとある事件現場から、静かに立ち去った男の存在がなにやら思わせぶりに描かれ……。先が気にならないわけはないじゃないか! 稀代のストーリーテラーの人心掌握力は、いっそう磨きがかかっている。
(文庫巻末解説より)

 
 
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角川文庫
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角川書店 四六版
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Illustlation by 清原紘

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