あなたの知らない美唄ツアー
2018年5月20日、美唄市街地を巡る、
炭鉱跡地探索ツアーを開催。
約6か所を探検する。
事前にSNSで募集、参加表明されたのは男女計8名。
市街地に朝8:30集合。
全員初対面ということで、簡単なミーティングのあと早速出発。
全員連なって、山中を歩く。
まずは昭和8年以降の三井美唄炭鉱跡施設を目指す。
山歩き初心者の方もいらっしゃるが、みなさん助け合って進む。
山中に現れた積込ビンの巨大廃祉。
数名の方が感嘆の声をあげる。
かつての美唄市街の人口推移などについてガイドする。
ホッパー内部を進む。
中には専門的な方もおられ、
RC造について深く見られている。
基本ガヤガヤと話しながら、遺構を巡る。
デザイン系の方は構図を変え、
多くの撮影を行う。
そしていよいよ謎の隧道跡へ案内。
少しでもドキドキを味わって頂くために、
参加者先導で歩く。
その後、各車で少し移動し全員で林道を歩く。
一人での参加者も多かったものの、
同じマニアックな趣味の者同士、話が弾んでいる。
沢沿いではレイルを発見。
kg級の規格についてレクチャーする。
山中の朽ちたレイルに群がるマニア達。
そして到達した二連坑口「奥沢通洞」。
流れ出る温泉水、密閉時の銘板などに参加者は興味津々。
昭和37年の「スクラップ&ビルド政策」に起因する、
密閉、そして閉山に伴う補助金等についてガイドを行う。
再び参加者先導で変電所廃墟に向かう。
女性も健脚で山歩きに全く遜色ない。
昭和初期の遺構を堪能していただきたい。
変電所遺構内部で破壊された壁、
三相の碍子等について説明を行う。
ここでは基本自由行動とし、皆さん思い思いに散策する。
内部で参加者が発見された昭和初期のチラシ。
全員でガヤガヤと・・・「硬貨自動選別機」とのこと。
専門的な知識のある参加者もおられ脱帽。
そして変電所裏手へ案内。
変電所のヒューズのような機能について解説。
すでにこの頃には参加者は和気あいあい。
再び林道を歩き移動。
炭鉱の工程に沿って、
別の遺構へ向かう。
ここは結構な斜面だが、踏み跡をつけてギザギザと下る。
いよいよ付近で最も巨大な遺構、
運用大幹線だ。
到達した巨大遺構。
圧巻の大きさに参加者は興奮気味。
各自、自由に散策する。
ホッパー内部を巡る。
崩れた小窓からの風景に、
皆さん驚きが隠せないようで、声を上げる方もいる。
休憩等をはさみ、再び移動。
お互い打ち解けつつ、自己紹介的なことが進む。
これからが本番。
「第二坑」に到着。
漏斗型の廃墟、原炭ポケット下に潜る。
ここは昭和29年閉山と比較的早くに閉鎖した施設跡。
ここでは振動や格子を利用した、
石炭の粒度分けについて解説。
先ほどとは違い、入り組んだ廃祉。
重液を利用した比重差による、
石炭と岩石の選別についてガイド。
皆さん思い思いに堪能されているよう。
少し上流へ移動し、斜面の廃道を行く。
ここはハードルートとなり、
アタックチームと撮影チームに班分けする。
そして5名は素掘りの隧道跡へ到達。
照明無しでは闇の廃トンネルをガヤガヤと進む。
岩盤や発破の跡も確認する。
ここでは専門家たちが化石を発見する。
何度となく訪れた廃隧道であったが、化石の存在は知らなかった。
コウモリに見送られ、かつての隧道を後にする。
快晴の中、杜を歩く。
次は「沼東小学校」の探索だ。
皆さん疲れも見せず、淡々と進む。
ここからは昭和49年廃校の小学校跡の散策だ。
上級者が手助けして、全員スムーズに探索する。
校舎内を見てみよう。
3階建ての校舎内、かつては1,500人以上
の児童がいたことが信じられない。
上空から見るとメガネのような校舎、かなりの時間探索する。
マニア達、整列の図。
ここには虹色のプリズムがあり、
おそらく水没した採光窓からの屈折のようだ。
更に上流域を目指す。
この先にには立坑跡と変電施設の廃墟があるが、
現段階ではあえて伏せて進む。
竪抗に残存するガス抜きの朽ちたゲートバルブに集まる。
開き具合を確認したり、写真撮影に皆さん余念がない。
後半戦だが参加者のテンションは下がらない。
最上流に位置する変電施設の廃墟に到達。
ここは昭和中盤の施設のようだが、
かなりの山中である。
山中深くの二連通洞。ここはアクセスが楽だが知らない方も多い。
ガイドとして皆さんが堪能いただけたか不安は残るが、
何とか無事、参加者の協力のお陰で予定通りの案内が完了した。
参加の皆様、お疲れ様でした。
また、たいへんありがとうございました。