コウモリの楽園
明治21年(1888)に苫前炭田の一角として初調査が行わたものの大きな採炭とはならず、
大正7年(1918)から本格的に鉱区指定された
羽幌坑。
杜に眠る精炭ポケットと立坑櫓(たてこうやぐら)を遠望。
マウスon 春
まずは坑外付帯設備として立坑手前にある選炭工場を進む。
主選機は
「タカブジグ」水選機の一種で空気により撹拌、石炭/廃石を比重分離
200t/時の選炭機が装備されていた。
ここで原炭を選別し、粒度を揃えて不純物を除去、市場性を高める工程だ。
選炭施設内部である。
冬季は完全凍結した水槽にアイスバブル。
満ビン表示箱なる制御盤などが残る。
廃祉の中に獣の骨が散らばる。
主の仕向け先は約50%が留萌港から道外に搬出され、
国鉄・電力・工場・暖厨房がウエイトを占めていた。
立坑を望む。
付近には変電所・コンプレッサー室・蒸気原動所などが犇めいていた。
立坑完成の昭和40年は築別・羽幌を統合し、人事異動・体育部休止と合理化の初年とも言える時期だった。
立坑と付帯設備の鳥観図である。
1階の坑口操車場から南北にスイッチバック式の軌道が伸び、坑底からの原炭を選炭工場へ運搬していた。
繰込所・安全灯室・更衣室・浴場・
「捜検」入坑前服装点検、火災防止のための発火具の点検を目的
・保安教室・計画室、塔上には電光時計があった。
「チップラ」トロッコを自動転回、石炭を排出する
が装備され立坑から上昇した原炭を積んだ炭車が走行した操車場付近。
ここが最も酷く荒れており、
入構を躊躇する。
まずは『充電室内禁煙』の掲示がある安全灯室付近。
当時のアルカリ蓄電池はカセイカリ溶液に浸した水酸化ニッケルが鉄と化学反応するものだった。
充電は約10時間、水素が発生し爆破の危険がある。寿命は約5年とのこと。
広い更衣室付近。
入坑時の名札が掲示してあり、数百名の名前がある。
ここから浴場へ向かう。
タイル張りの浴場は残存度が高い。
今はこうもりの住処となっている。
かなりの規模の浴場だ。
保安教室付近。
計画では昭和45年には築別坑・西坑・羽幌坑・上羽幌坑の4か所計で。
153万tの出炭を予定していた。
計画室から中二階へ向かう。
初めて出炭が100万tを超えたのが昭和36年で、
昭和30年には43万t程度であった。
ここは浴場のボイラー室上部だ。
白い立坑直下にある。
完成当時の画像と見比べていただきたい。
完成時
ガイド櫓付近。
カーストッパーあるいはカーブレーキと呼ばれたケージ積替え施設跡だ。
立坑自体の平面積は14.5m×14.5mである。(マウスon)
そしていよいよ立坑直下、ガイド櫓だ。
床下はコンクリート注入により補強され、岩盤に達する鉄筋井筒の上部に立坑は建設されている。
右は昭和40年6月、立坑竣工式の地鎮祭の写真だ。
地鎮祭
一隅には小型の常用エレベータ施設がある。
もちろん何も動かない。
昭和39年10月25日認可の銘板がある。
脇には階段がある。
腐食激しく、いつ落下してもおかしくない状況でこれは使用できない。
二階までの最初のスパンは10m80pだ。(マウスon)
ガイド櫓を下部から見上げる。
この直下に512mの立坑があるが、それはすでに密閉されている。
櫓下部は巻上塔と切り離され、上部は基礎の不等沈下が影響しない構造となっている。(マウスon)
2階は暗く、一部鋼製の床が腐食し抜けている。
ここはケージの
「過巻」箱が停止位置を超えて上昇した時
の安全設備と、
ワイヤーロープ交換時使用のロープウインチが設置してある。
ガイド櫓を上部から眺める。約10m。
地盤沈下した際でも、ガイド櫓が損傷を受けないように強固には固定されておらず、
上下方向に摺動できうるシュー構造で固定してある。
これがガイド櫓上端8か所のキャッチフックデッキである。
2階建て式ケージ(=エレベータ箱)はゴム製ガイドローラーで立坑内の鋼製ガイドレールに沿って走行するが、
もしもの暴走時にこのフックでこれ以上上部に突き抜けないように停止させるのである。(マウスon 立坑断面図)
ケージ天井と2本のメインロープの接合連結金具部には、特殊な油圧ジャッキが装備され、
ケージを吊ったまま油圧計による200mmまでのロープ張力の調整が可能であった。
その油圧ラムは強固に固定されており、油漏れや衝撃による油圧回路損傷もなかった。
2階の床には部材が散乱している。
メインロープは保証破断力102.5tと強力で、引張強度は1mm あたり175kgのものだ。
ワイヤーロープ重量は6.69kg/mなので約3.5tにもなる。
2階中央部には巨大なロープウインチが鎮座している。
これは劣化したワイヤーロープ交換時に使用するフリクションウインチと、
その電動機、減速機、ドラムの廃祉だ。
昭和40年 完成時
これはその誘導電動機(モーター)部分。
72kw、1,485rpm仕様。単ロープ巻上機の場合は巻取りドラムで問題ないが、
多策式の場合、複数本のロープを同時に、しかも同バランスの張力で立坑に吊り下ろす必要がある。
電動機にカップリングで繋がる減速機と歯車である。
減速比は265:1で、加圧ローラーによってドラムに押し付けられ、
ゆるみ側のロープに一定の張力を掛けた上で巻き取ることができる構造だ。
軽合金ライニング材貼りの直径1,000mmのドラムである。
2個のドラム軸は平行でなく、ある角度をもって交差している。
そのため2本のメインロープを同時に、直接立坑に吊り下ろし、交換時間も短縮できる。
『AEG』の銘板のある制御盤。これはドイツの温度コントローラー等の制御機メーカーで、
国産にこだわった制御部にしてはここだけ珍しく、完成後、改造取替を行ったのかも知れない。
内部には
「マグネットコンタクタ」電磁接触器=通電時に電磁石により可動鉄心が動き、
主接点と補助接点が閉開する。
らしき装置がある(マウスon)
3階は
「バッファ」衝撃吸収装置。緩衝装置や液
ガーター装置と入気用の送風機室だ。
事故発生の際、2階のキャッチフックにて異常暴走し上昇するケージを受け止めた後、
この階層で衝撃を受け止め、4階・5階の制御部、運転部、操作部を保護する目的だ。
立坑櫓上部は鉄筋コンクリート製の重厚な梁が巡らされている。
これがバッファガーターで、通常のエレベータなら落下時に対応して
最下層に緩衝器が設置されている。
3階の天井からは巨大なガイドシーブの下端が見えている。
このコンクリート部にバネ式か油圧抵抗式の衝撃吸収機が設置され、
エレベータと異なり、上部に設置されていることが立坑本来の機能を物語っている。
付近の足元には作業日報が落ちている。
「昭和44年3月11日 1番方」作業内容は「ズリ埋戻し、鋼上のズリ落とし」就業場所は「八片連絡坑道」、
鉱員番号と氏名、歩合(=作業時間)と金額の係数が記載されている。
ここには開放型の高圧受電配電盤がある。
恐らく送風機の制御電源の関連装置だと思われる。
本立坑が入気坑道と機能したことにより、既存の第二斜坑が排気メインの坑道となった。
コウモリの乱舞する送風機付近。左手はエアフィルターの廃墟だ。
本斜坑と第二斜坑は左右に分離していたが、本立坑がそれを結集したこととなり、
運搬系統の集約化だけでなく、通気の合理化も同時に達成したこととなる。
奥の一角には部品庫のような場所がある。
運搬立坑が通気を兼ねた場合は、坑道内の支保以外の通気抵抗が増すこととなる。
立坑内付属物(ガイド・パイプ)などやケージ、連接部などその諸抵抗に打勝つ送風力が必要となる。