二つの秋

   私は忘れない 

  ある年の秋の恵みの中で  

  穂高の山小屋のバッハが静かに終り

  戸隠の社の琴の音が響き始めたのを

 
  天辺まで続く岩壁が

  触れれば壊れそうな明神池と

  黄色い炎の落葉松を従えていたとき

  西欧の秋が流れる梓川の畔で

  男が耳を澄まして ひとり

  青春のハーケンの音を聴いていた

  流れる雲に自らの影を投げながら 

 
  泰然と座る鋸形の山々が

  天空から降った火の玉の紅葉と

  「戸隠姫」を侍らせていたとき

  日本の秋を纏った鏡池の傍らで

  男がイーゼルをたて ひとり

  神々の呟きを描こうとしていた

  茜色の夕映えの訪れを待ちながら
 

  私は忘れない 

  ある年の秋の恵みの中で   

  神の厳しい眼差しが消えて

  神々の静かな微笑に変わったのを

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