(戸隠資料館・中村雨紅詩碑)(奥社入口の夕暮)(クリック拡大

  奥社入口の駐車場は朝方の混雑が嘘の様に静まりかっていたし、杉並木の参道には人気がなかった。昼間隠れていた戸隠連峰の全容が逆光の中に浮び、前景の芒の群生が秋の夕日に輝いていた。
  今では死語となった「つるべ落し」の形容が脳裏に浮かんでくる中を長野に向かった。暖房が入ったバスの中で、持参した津村信夫の詩を読んだ。
      「戸隠」      
  山の上では―/雪のあとの空の、寒い紅は、いつまでも散りうせなかった/  蕎麦粉を運び、人を乗せて、麓の原の蕭々をたどるバスの/窓に、いつまで  も消え去らなかった哀しみが、/今ようやく、黄昏のあいさつの、/「おつかれ、おつかれ」を繰り返している。
                               (「愛する神の歌」より)
 
  戸隠には様々な秋の色が溢れる「日本の秋」があった。
  岩山の頂上にはそれぞれに神々が住み、裾野の蕎麦畑を守る人々と共に生きているように感じられた。まだ見ぬこの地の冬の厳しさは想像を絶するかも知れない。しかしそこには暖炉がある。娘が訪れた旅人に「戸隠姫」の詩をそっと呟いてくれそうだ。ひとりの神が住み、冬には無人の上高地とは明らかに異質の世界だ。
  今年の秋は二つの燃え立つ秋を訪ね、秋の恵みを味わった。そして、長い間私の中に住み着いている「日本と西欧」について思いを深めた。戸隠の「素朴な琴」の音は「天空」からでななく、「西方・十万億土」の方角から聞こえたようだった。
  私の夕映えが茜色に染まるのを静かに願い、聞いた琴の音を短い詩に託し、アルバムに収めた。(2003・11記)

     
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