倶知安 9162(9262)レ 倶知安〜比羅夫
「くちゃ〜ん・・・」
峠を乗り切ったC623は倶知安の駅に滑り込みます。当時はまだ駅のアナウンスは録音されたものではなく肉声でしたから、「C62ニセコ」に乗ってこれを聞くとひどく懐かしい思いにかられましたが・・・。
1988年、1989年の最初の2年間は「C62ニセコ」は倶知安折り返しでした。ひとときの休息の前に、C623は牽いてきた客車の入換を自ら行います。C62が逆向きで客車を牽く珍しいシーンが見られたものです。
(↓1989年5月 倶知安)
客車の入換を終えたC623は倶知安のクラに向かい、転車台で方向変換をしてしばしの休息につきます。1989年は9163レの倶知安発車時刻がやたら早くなって、折り返しまでの余裕が少なかったですが・・・。
(↓1988年4月 倶知安〜2枚とも〜)
1990年からは運転区間もニセコまで延長され、上り列車の倶知安発車シーンが撮れるようになりました。倶知安駅の南側に、線路をまたぐ道路橋があります。ここから倶知安の発車が撮れましたが、実はこのアングル、これも映画「雪の行路」の倶知安発車シーンそのまま。やはり「真似ッ子アングル」です。(^^ゞ
「雪の行路」の影響力ってスゴかったんですね、私にとって・・・。(^^;
(↓1990年10月 倶知安)
当時の「北斗星5号」(現在の「北斗星3号」)で来ると、長万部で普通列車に乗り換えて、なんとか倶知安の発車が撮れたんですよね。乗ってきた気動車が小沢でC62と交換になるのであまり時間的な余裕はなく、気のきいたアングルを探している余裕などなかったですが・・・。
この日は真夏の太陽が降り注ぐ中、C62は黒煙をメ一杯吹き上げてニセコに向けて発車していきました。
(↓1994年7月 倶知安)
倶知安を発車すると、列車は大きく右にカーブを切って川を渡ります。その向こうには大きく羊蹄山が聳え立ち・・・ただ、この9162レの通過時刻というのはこの方角は完全逆光でして、特に晴れた日は絵にしにくかったですね。
(↓1991年10月 倶知安〜比羅夫)
そこからしばらく走ると、もうひとつ小さな川を渡ります。ここは倶知安農業高校の裏手あたりですが、私はここからのカットというのが好きでした。列車の足回りが柵で隠されてしまうのが難点といえば難点でしたが・・・。ただ、山がよく見える日というのは風も強い日が多くて、この日も羊蹄下ろし(?)の風で煙がこちら側に倒れてしまいました。(ToT)
(↓1990年5月 倶知安〜比羅夫)
さらにしばらく進むと、国道5号線から分岐してニセコスキー場に向かう道道243号線をアンダーパスする地点に来ます。倶知安を発車した9162レは小刻みにアップダウンを繰り返しながら走っていきますが、このあたりから比羅夫に向けて徐々に完全な下りこみに入っていきます。絶気直前のC62の姿が見られる場所でしたね。
(↓1993年5月 倶知安〜比羅夫)