銀山へ   9162(9262)レ 然別〜銀山

216.3km地点

 その216.6kmのお立ち台を過ぎ、大きなS字カーブを通り抜けると進行方向左側は高い築堤となり心持ちゆるく左にカーブを切ります。曲線がやや緩和されるこの場所でC62は再び猛ダッシュをかけてくるのですが、その姿を針葉樹バックに捉えることができたのがここ。216.3km地点。このお立ち台には愛称はなく(私が知らなかっただけかもしれませんが)、ほとんどの人が函館起点km表示で呼んでいたようです。
 この大築堤の一番南側に小高い斜面があって一番上には電柱が立っていたんですが、その電柱のそばが通称「お山の大将」と呼ばれていたベストポイント。鉄ちゃんとナントカは高いところに登りたがるといいますが・・・。(^^;
 もちろん一番上に行かずとも、線路に近い場所からでもいい絵が撮れるところなんですが、やはり一度はベストポジションで撮りたいというのが人情。私も何度か「お山の大将」にさせていただきました。武田旅館のおばちゃんにおにぎり作ってもらって朝6:00の列車に乗って銀山まで行き、銀山の駅から歩いて30分・・・。人も三脚の姿もなく一番乗りを果たしたときは狂喜しましたが。汽車が来るまで3時間以上お山の大将でした。(^^;
 もっとも運転日数が激減した最後の頃はそう簡単には場所が取れなかったと聞きますが・・・。
 グランドSの名残の急カーブを立ち上がってきたC62、カーブを回りきるとその勢いで猛煙を上げながら雪崩れ込んでくるといった感じ。この時は斜面の下のほうからの撮影でした。
 (↓1988年6月 然別〜銀山)

然別〜銀山 9162レ

 下は「お山の大将」からの眺め。C623と客車5両の編成がキッチリ入る場所でした。かつてのC62重連を撮るにはおあつらえ向きの場所だったでしょうね。
 (↓1993年5月 然別〜銀山)

然別〜銀山 9262レ

215.2km地点(切り株)

 216.3kmのお立ち台を過ぎ、右、左、と一度ずつカーブを切るとちょっと長い直線区間に出ます。ここは一時的に勾配もゆるくなる区間で短いながらも「L」(レベル=水平)区間もあります。上りの稲穂峠が倶知安峠と違うのは、こうした機関車にとって「ひと息つける」区間があることで、だからこそ乗務員も煙のサービスをしたりする余裕があるわけですが・・・。
 この直線を抜けると大きく左にカーブを切っていくんですが、その場所を見下ろす斜面、かつては針葉樹の林だったのが、運行3年目の頃、一面に伐採されて広大な広場に一変していました。100人や200人なら優に収容できる(?)ような撮影地が誕生したようなもので一躍有名お立ち台の仲間入り。伐採された跡の切り株があちこちにのこっていたところから誰言うとなく「切り株ポイント」という名がつけられました。もっとも、あれから14年、今は新しく植林された木々が生長してその頃の面影はないといいます。
 ここはC62の背後にカラマツ林を配したカットが撮れる場所でしたね。
 (↓1991年5月 然別〜銀山)

然別〜銀山 9162レ

 モノクロでちょっとアップ気味に撮るとこんな感じになります。上と同じ時の写真です。
 (↓1991年5月 然別〜銀山)

然別〜銀山 9162レ

 さてその切り株ポイントから線路端に下りてやや小樽寄りに戻ると、直線を立ち上がってくるC62の姿を捉えることができます。ちょうど215.5kmのところにL区間があって、ちょっと姿勢を低くして構えると、C623がまるで日の出のように顔を出すんですが、それを撮るには400mm程度のレンズが必要で(300mm以下でも撮れないことはないけれど絵にならない)、この頃そんな長タマもテレコンも持っていなかった私はとうとうその写真を撮らずに終わってしまいました。それでも、それなりの正面写真は撮れる場所で・・・それに何を隠そう、上りの稲穂峠で数少ない線路端に紅葉が見られる場所でもありました。ただ、この日は雨。せっかくの紅葉も色が沈んでしまって全然絵にならず・・・。(-_-;)
 (↓1990年10月 然別〜銀山)

然別〜銀山 9162レ

お手軽銀山

 「切り株」ポイントを過ぎると、列車は大きく左にカーブを切りながら遠方信号機を通過、送電線の下をくぐって銀山駅構内に雪崩れ込んでいきます。その姿は、銀山の駅の外れからキッチリ押さえることができます。駅ホームからすぐの場所(レンズによってはホーム上からでも構わない)から、駅撮りとは思えない迫力ある絵が撮れるので行かれた方も多いんじゃないでしょうか。私たちは「お手軽銀山」と呼んでました。(^^;
 (↓1993年5月 銀山)

銀山駅構内 9262レ

銀山鉄塔俯瞰

 稲穂峠のサミットは、銀山から小沢に下っていく稲穂トンネルの途中にあります。従って、C62は銀山駅を通過してもさらに力行し、そのまま稲穂トンネルに突っ込んでいきます。「熊さんの通り道」と言われた通称「銀山鉄塔」からの俯瞰。その名の通り、稲穂峠のこのあたりはヒグマの通り道になっている場所で、とてもじゃありませんが単独で山に登るのは怖くてできませんでした。(武田旅館の常連で約1名そういうヒトがいましたが、「命知らず」と言われてました (^^; )熊除けの大きな鈴は必需品でしたね。しかし5月だというのに煙は真っ黒・・・客車と同化してしまってたりする。(^^;
 (↓1991年5月 銀山〜小沢)