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 朝の散歩中の事故の話の、その3です。


金 属 製 の 手 す り 渡 り

 散歩道は体育館を過ぎるとなだらかな下り坂になり、野球場前を通って坂の下のT字路にぶつかる。早朝には通る車もないので、気兼ねなく縁石を渡る。

  
< 野球場前の車道、縁石と歩道。右側ののり面の上が野球場。車道左側に金属製の手すり >

 車道の左側には、金属製の手すりが続いている。上の写真で車道の左側に白線が横に引いてある空き地は、駐車用スペース。そこから鴨やアオサギが来る沼が見下ろせる。

    <手すり越しに見下ろす沼の鴨>

 以前はこの手すりを見ても何の感興も湧かなかったが、四阿下の手すりを渡るのに慣れてくると、気になりはじめた。
 こちらの手すりは管の直径も四阿下のコンクリート製に比べると半分ほどの細さで、平坦部は全くない、円形である。それでも( それだから?)見ているとなぜか血が騒いでくるのだった。

    <手すりを上からアップ>

 早朝にここを通る人はいないので、人と遭う( 人に見られる )心配はない。渡るのに適当な区間が50メートルぐらいはある。
 ちょっと試してみるぐらいならいいのでないか。


意外にも渡れるのだった 

 とはいえ、人に見られては大人げないので、周りに誰もいないのを確かめた。
 管の上に片足を乗せ、ひょいと支柱の頭に乗ってみる。あっさり乗れた。この頃は手を使わずに足だけで乗れるようになっていた。筋力がついたのである。

 両手を広げ、ゆっくり息を吸い、静かに歩み始める。身体は垂直に立て、顔は前方を向いたまま視線は丸い管に集中する。呼吸は止めたままである。1歩、2歩、3歩、慎重にすり足を運ぶ。息を詰めたままさらにもう1歩行くと、無事最初の支柱の頭に届いた。そこで一息し、呼吸を整える。また息を止め、静かに足をすり出す。無呼吸のまま次の支柱までうまく歩けた。これなら大丈夫行けそうだ。また歩みを繰り出す。しかし緊張の持続はそこまでで、途中でバランスを崩すと、立て直そうにも管が細すぎて余裕がなく、腰が泳いであっという間に落下した。
 やはり難しい。しかし、これなら思ったよりなんとかなりそうだ。   

 コンクリート製の手すりとの違いは、バランスを失ったら立て直しが効かないことだった。だから1、8メートルの間、呼吸を止めてゆっくりすり足で、4歩を緊張し続ければいいのである。その一区間、一区間が勝負なのだった。
 渡れる区間は、次第に伸びていった。伸び具合はコンクリート製の手すりより早かった。一ヶ月もしないうちに、ついに最後まで渡り通すことができたのである。

 一度渡り通せても、次にもまた、という訳にいかないのはコンクリート製と同じである。それもこちらは、3回のうち1回渡り通せたらいいほうで、成功率は低かった。それでも落下自体は2・3回で済むようになり、20メートルぐらいなら大丈夫落ちずに進めるようになった。  


霧 の 朝  

 その日は朝霧が道路まで立ちこめていた。

            

        < 朝霧にうっすら煙る道路と、白く閉ざされた向かいの森 >

 手すりの前に立つと、向かいの森も深い霧に覆われて、ぼんやりかすんでいる。手すりは薄霧のヴェール越しのせいか、黒っぽく見えた。
 いつものようにひょいと支柱の頭に乗ると、息を止めてゆっくり歩き始めた。4歩行くごとに支柱の上で一呼吸する。このタイミングで続けさえすれば渡り通せるはずである。なのにちょうど半ばにさしかかると落下することが多い。
 もう少しでその難関の半ばにさしかかる。そう思った瞬間だった。  

 突然目の前が反転し、ガーンと激しく背中に何かが突き当たった。同時に身体が大きく後ろに反り返る。その衝撃に思わず息が止まる。両足が虚空を掻いたかと思うと、背中の右側がズルズルと重く手すりをこすり、熱い痛みを伴って落下していく。足が地面についたとき、右手で手すりを押さえていた。背中が苦しく息ができない。身体を横向きに手すりにあずけたまま、右手で手すりにすがり、半ばうずくまった姿勢で身動きできなかった。呻きながら細く息を続けるのがやっとである。

 ロッキーのワン、ワン、と区切ってしきりに鳴く声が聞こえた。どうやら私の周りを吠えながら回っているらしい。呼吸がやっと一通りできるようになって目を開けた。それまでは苦しさに目をかたくつぶったままだったのである。
 目を開けたのに気づいたかロッキーが、今度は私の膝に前肢を掛けて伸び上がり、頬といい顎といいかまわず、長い舌でなめまわす。それを避けようと身体をねじると、背中に痛みが走る。ロッキー、いまはそっとしててくれ、まだ動けないのだ。むろん声にならない。ロッキーの弾むような動きが、中腰の不安定な身体を振動させる。  

 何分間そうしていたのだろう、私はロッキーに促されるように、背中の痛みをこらえながら左手も手すりに添えて、背筋をゆっくり伸ばしていった。すると、手すりのぬるっとした冷たい感触が伝わってきた。濡れているのである。
 手すりが普段より黒っぽく見えたのは、霧で濡れていたからなのだ。それですべってしまったのだ。うかつだった。いつもなら、バランスを失っても落下点を自分で選択する余裕があったのに、すべるなどとは考えたこともなかったのである。 


帰 路  

 その後は歩くのがやっとだった。いつもは当然のこととして渡っていた縁石も、全く目に入らなかった。後ろ向きで渡る駐車場前や六道橋の縁石も、まるで意識に上らなかった。依然として収まらない背中の痛みにだけ神経が向き、あたりに気を配る余裕はない。
 額には脂汗がにじんでくる。ロッキーが付いてきているか確認するゆとりもなかった。ひたすら我が家に帰ることばかり考えていた。やっとの思いで裏庭に着いて振り返ると、ロッキーはしっかり後ろに付いていて、不安げに私を見上げ、それでもゆっくり尻尾を振るのだった。  

                 < 在りし日の、ロッキー >


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