Medical Planet

医療のあるべき姿

 病気で苦しんでいる人の希望は何か。人それぞれだが、「早く病気が治って元気に生活できるようになること」が中心ではないか。他方、医師の願いも「当該患者の治癒」が第一であろう。
 治療を受ける側と、提供する側、双方の目的が同じである以上、これを達成すべく取り組んでいく。そうであるはずだ。しかし、医療現場では様々な困難に直面することもある。

患者の希望はさまざま

 上述の通り、患者の希望の根幹には「治癒」があると考えられるが、その願いが常に叶えられる訳ではない。現時点での医学・医療水準で行えることには限界がある。
 例えば、脳血管が詰まり、破裂した患者の場合、緊急手術自体は成功して一命をとり止めたとしても、重篤な障害が残ることがある。すなわち、“平穏な日常生活”が脳梗塞によって大きく後退してしまった。これを医療行為によって何とか元通りの生活に戻そうとするのだが、完全に治癒しないケースも存在する。
 また、高齢のがん患者の場合、外科的処置を行うか否か、判断が難しい場面に直面することも少なくない。患者の希望が「治癒」であるとするならば、手術を行う必要性がある。しかし、手術には相対的に高いリスクが伴うこともある。
 手術によって治癒を目指したいのか、若しくは完治を目指さずにQOLの向上につながる手段を模索したいのか。それは患者によって異なってくる。

医師の希望は“治癒”なのか

 当然のことながら、医師は患者の病気が治癒することを望んでおり、これを目指して全力を尽くす。例えば、肝臓がんの患者の治療であるならば、当該がんの治癒である。
 それでは、上述のケースに於いて、「手術自体は成功して肝臓がんは治癒したのだが、その他の要因によって患者が死亡した場合」はどうなのであろうか。主訴を取り除くという当初の目的が達成されたことをもって“成功”というカテゴリーに含めるのか。
 また、医学的に最も妥当と考えられる治療と、患者が望んでいる治療内容が異なった場合、担当医師はどのような手技を望むのか。インフォームドコンセントを通じて最善治療を目指すべきなのか。
 勿論、それを「目指すべき」ではある。しかし、「医学的根拠に基づけば、この治療が最も妥当である」という確信は本当に揺るがないものなのか。

最善の治療とは何か

 「健康状態に何の問題も有していない状態」を基準に据えるならば、疾病を抱えている患者の治療は常にマイナスからのスタートとなる。
 何らかの処置を施さなければマイナスの値がさらに進行していく。そのような状態から如何にして脱却し、当該患者を元の健康状態にまで戻していくのか。
 ケースバイケースではあるが、決して楽な道ではない。そうであるがゆえに、患者が希望する“元の健康状態にまで回復させるための道”はひとつに集約されない。
 そして、医師が希望する道も実はひとつではない。医学的根拠に基づく最善の治療が存在するとしても、それが常に正しいとは限らない。
 もし、「その治療が最善なのだ」とするならば、その医師自身が当該疾患に罹患した場合にも“その治療方法”を希望するはずだ。
 しかし、(医師が病気になって)患者の立場に置かれたときに希望する治療方法は、常にEBMに基づく最善の治療という訳ではない。

医療のあるべき姿を真摯に模索

 医療の領域は、科学的・論理的な側面(医学的根拠に基づく治療の提供)と、非科学的・情緒的な側面(必ずしも論理的とは言えない人間の感情)の両面が複雑に混在している。したがって、「医療のあるべき姿」についても完全解を導き出すことは難しい。
 しかし、難しいからと言って、これを放棄するわけにはいかない。世の中には様々な疾患で苦しみ、悩んでいる人が現実として存在しているからである。
 実は最善治療など存在しないのかもしれない。それでも、患者と医師が互いに真摯な気持ちで対話を続け、望ましい道を模索していく必要がある。

医療の質は向上している

 医療の質は向上しているのか。これに関しては、賛否両論ある。賛成の立場からは「平均寿命や健康寿命が延伸している」、「様々な疾病の治療方法が向上し、治療成果も改善している」など非常に多くの指摘が為されている。
 他方、「以前は患者の表情や触診によって病気の有無などをかなりの精度で診断できた医師が多かったが、現在は検査データが示されないと診断できない医師が増えている」との声もある。
 もっとも、諸先輩方が築いた医療を更に進歩・発展させるとともに、様々な課題を克服させてきているため、客観的に見ると「医療の質は向上している」と判断できよう。

患者の要望も高度化

 そうだとすると、現在の患者は、以前の患者よりも“治療に関する満足度”が高まっていると言えそうだが、必ずしもそうだとは断定できない。
 例えば、様々な治療(手術など)を行う前に、医師は以前にも増してインフォームドコンセントを行っている。患者などから要望があったときには、カルテやレセプトなどの情報開示も診療に支障がない範囲で前向きに対応している。
 従来は治癒が難しかった症例に於いても、医学・医療の進歩によって治癒が可能となっている領域もある。
 しかし、このような医療の質の向上に伴い、患者が求める医療内容も高度化しており、こうした声に応えるべく、厚労省や医師会、医学会も継続的に取り組んでいる。

医学等の進歩を客観的に把握

 改めて指摘するまでもなく、こうした動き自体は望ましい事である。但し、すべての要求に応えることは現実的ではない。現在の医学・医療水準では治癒が難しい領域がいくつも存在するからである。
 1年前、5年前、20年前と比較し、医学・医療はどのように進歩したのか。若しくは後退したのか。これを客観的に把握していくことも重要であろう。