はたはた――。
変な音がして無意識に手が上がり、そして顔に触れる。
指先に感じたのは、濡れたような温かいもので、それが自分の流している涙なのだとわかるまで暫く呆然としていた。
「・・・・なに、・・・・っ」
呆然としながらも、涙に気が付いた瞬間、はっとしたように頬を掌で拭うアリスの仕草があまりに必死で――咄嗟に火村は腕の中にアリスを抱き込んでしまった。
アリスのその手が、涙を拭えないように
アリスが取り繕えないように。
抗えないくらいに強い力で抱きしめられたアリスは流れる涙を見せまいと必死に顔を背けているが、それでも伝う涙は火村の背中へと落ちて温かさを伝える。
同時にアリスの思う不安や苦しみも流れてしまえばいい、そんな思いで火村はアリスを抱きしめ続けた。
「アリス・・・、何をそんなに怯えているんだ?」
「っ・・・・、なに言って・・・」
そっと腕を緩めると顔を覗き込んで視線を合わせる火村の瞳に哀しいくらいの切ない色を読み取ってアリスは流れる涙を堪えることが出来なかった。
それはどこまでも愛しむような慈愛に満ちた瞳で、
それなのにどうしようもない哀しさを含ませていて。
「アリス。アリス、アリス・・・。お前がそんな風に哀しむから、俺は・・・」
「・・・・ひむら?」
窺い見る火村はゆっくりと宥めるようにアリスの背中を撫ぜている。
「アリス、お前・・・自分がどんな顔で笑うのか知らないんだろう・・・今にも泣き出しそうな顔をして笑って、全身で辛い苦しいって言っているのに絶対に声に出して言わない。それを見る俺がどんな思いで居るのか・・・わかるか?」
「・・・そん、な・・・事・・」
優しく撫ぜる火村の掌の感覚と見つめる温かい瞳。
コレは不安に駆られ、安息を求める自分自身が無意識に見せている夢ではなかろうかと、そんな風に思えるくらいーアリスにはふわふわとした不確かな感覚しかなかった。
「そんな事、あるんだよ!アリスっ・・・、頼むから俺をこれ以上不安にさせるな」
「火村・・・」
珍しく強い口調で話す火村に漸く思考が戻ってきてアリスは震える手を火村の頬へと伸ばして、触れる温もりが「夢ではない」とアリスに伝える。
「ひむらっ・・・」
夢、じゃ無い。夢なんかじゃないんだ。
確かに触れる温かい感覚に蓋をしたはずの心の片隅から抑えていた不安や疑問が堰を切ったように涙として溢れ出してくる。
そうして縋り付いて泣きじゃくるアリスを優しく受け止めた火村は背を撫ぜる掌の動きを止める事無く続けてくれた。アリスが落ち着くまで・・・。
泣くだけ泣いて落ち着きを取り戻したアリスの肩を抱くようにしてソファに二人、寄り添って座る。アリスは頭を火村の肩口に凭れさせるようにして、膝の上では手を絡ませるようにして繋いで――。
心まで、繋がるように。
「・・・不安、やったんや」
「アリス・・・」
訥々と話を始めたアリスにいつに無く優しい火村の声が先を促す。
「キミに色々聞くことで、わずらわしいとか重いとか思われてしまうんが・・・、怖くて」
「それで、聞けなかった?」
こくん、と小さく頷くアリスのこめかみにそっと口付けをくれる火村は肩を抱く掌に力を籠めて囁く。
「そんな事、あるわけねぇだろ?アリス・・・、俺に好かれようとしていい子になる必要なんて無いんだ。俺が好きになったのは有栖川有栖、お前の全てなんだからな?」
「・・・そうかて・・・・」
それでも不安は感じてしまうよ・・・。
だって、キミは今まで見ていたどんな人間よりも素敵で
何でも出来るし、頭だっていい。・・・おまけに容姿だって・・・。
何より、俺たちは――本来なら友人のままだ。
口には出せなくて心の中で思ったアリスの言葉を読み取ったかのように火村は困った顔をして苦笑してみせる。
「・・・アリス、俺は口も悪いし性格も、まあ世間一般的にみればあまりよくないだろう?人付き合いだって満足にできやしないんだぞ?・・・そんな俺は嫌いか?」
「好き、や・・・嫌うなんて、ありえへん」
「ありがとう、アリス。・・・・俺だって嫌うなんて何があっても有り得ない事だ。そりゃ、お互い色々と不満はあるだろうさ、だからってそれがどうした。そういった何もかも全てをひっくるめて俺はアリスと一緒に居る、居たいと思う。・・・言ってみろよ。何が聞きたかったのか」
「・・・なに、って・・・」
それでも躊躇を見せるアリスがこれ以上怯えないように、絡ませあったアリスの掌に口付けをして肩口にあるアリスの柔らかい髪に顔を埋める。
「何か気になっていることがあるんだろ?・・・・手紙の事とか」
「っ!・・・・知っとったんか?オレが見たって・・・」
驚いたように顔を上げたアリスにこの上ない優しい笑みを見せると火村は更に続ける。
「見た、んだろうなとは思ってたさ。部屋に戻ったとき、アリスの様子がおかしかったからな。だからその場で聞いてくるかと思ってあえて俺からは言わなかったが・・・、結局お前は聞かなかっただろう?」
「・・・うん」
「あれは堪えたな・・・。お前、大丈夫な振りをしていたらしいが、バレバレだったぞ?そこまでしても俺に何も聞かないアリスはもしかしたら、俺のことなんて気にならないし、どうでもいいのかとまで思えて・・・」
「そんなっ・・・、違うんや。そうやなくて・・・」
思いがけない火村の言葉に必死で否定するアリスは「平気な振り」を装わない、まるで子犬のような瞳をしていて、火村にはそれがなんだか無性に堪らなく嬉しくて、思わず漏れた微笑を隠すようにアリスの頬に口付けをした。
「わかってるさ。聞いたら俺が厭な思いをするだろうと思って聞かなかったんだよな、アリス」
「・・・そう、かな。・・・ちょっと違うかも・・・」
「違う?」
「うん・・・。厭な思いをすることで火村に嫌われてしまうんが・・・・、怖くて」
きゅっと口の端を結んで耐えるような仕草に湧き上がる庇護欲を抑えきれずに握った手に力を籠めると、まるで応えるようにアリスが握り返してくる。
「馬鹿だな、アリスは・・・。俺がお前を嫌うわけが無いだろう?喩え何が起ころうとも俺からお前を離すことなんて有り得ないんだよ。・・・・悪かったな」
「え?な、何が・・・・?」
「アリスがそんな風に不安を感じてしまうくらい俺はお前を、・・・包み込めては居なかったんだろう」
「そんなこと、無い!火村は・・・、火村は・・・、悪くない」
「アリス・・・、其れは違う。俺も、俺だって不安に思うことが無いわけじゃないさ。些細な事だっていちいち気にしながら動いてるんだぜ?これでもな。それ故に・・・、隠している事だってある。その隠れている部分にお前は不安を感じていたんじゃないのか?・・・・見せない部分がお前を不安にさせていたんだろう?」
「・・・・火村」
ふうと大きく息を吐き出すように話す火村に、やはりという気持ちが頭を擡げる。
火村には、隠している部分があったんだ・・・。
それを、聞いてもいいのだろうか。
「火村・・・・、その、・・・隠してる事ってなんなん?」
Author by emi