真実と有用性 -10-


「・・・・時にアリス。パスポートは持っているか?」
「は?」

意を決して核心に迫る質問をしたというのに、いきなり突飛も無い事を聞かれて思わず口を開けてしまった。問うた当の本人はいたって真面目な顔をしている。
唐突過ぎて意味がわからない。分からなかったけれどアリスは反射的に「ある」とだけ答えた。

「そうか・・・。アリス、俺と一緒にイギリスへ行ってくれないか」
「え、イギリスって・・・・、ええけど、いつ?」

安堵を滲ませた火村が小さく笑う。その仕草に彼もまた緊張していたのだと分かった。
いきなり話が逸れたのかと思ったが、どうやらこれから話してくれるであろう「隠し事」に関係したことのようだ。

「行くのは、そうだな。俺が夏休みに入ってからになるだろうな。・・・ちょっと長めに1ヶ月、少なくとも休みが終わるまでには帰国する予定だが・・・大丈夫か?」
「ん。たぶん・・・。そのあたりにはとりあえず締め切りは入っていないから・・・。でもなんで?」

聞いてからふと思い出したのは、先日研究室で聞いたあの言葉。

「あ・・・」
「そうなんだ。“アリス”を連れて来い、と言われている。・・・理由は行けば分かるが」

やはりあの紳士は英国からの客人だったのか・・・。それにしても、火村とはどんな繋がりがあるのだろう。考え込んだアリスを見て火村は少し苦笑してアリスの顎に手を掛けて視線を合わせた。

「ほら、アリス。また自分の中で考えてるな?・・・聞いていいんだ、と言っただろう?」
「・・・ありがと。・・・じゃ、聞く。火村、英国とどんな関係があるん?」

「俺の両親がすでに他界したことは言ったよな?」
「あ、うん・・・」

それは知ってる。詳しい話はその時も聞かなかったのだが、30歳を越えたあたりで立て続けに亡くしたという話をしたと思う。それが唯一火村の家族関係について知っていることだった。

「両親は居ないんだが、残念なことに天涯孤独って訳でもない。祖父が未だご存命なんだ」
「なんや、やけに・・・」

「ひどい言い草か?・・・そういう関係なんだよ、結局は。先に言った両親ってのも実際に血の繋がりがあるわけではないしな」
「えっ?そうなん?」

ゆっくりと自分の気持ちを落ち着かせるように、絡ませた指を動かしてアリスの手をなぞりながら 火村は感情を籠めない声色で話してくれた。

「俺が北海道で生まれたのは知っているな?・・・そう、生まれたのは日本で生んだ母親は日本人だったが実の父は英国人だ。といっても父自体がハーフだから俺はクヲーターってことになるが」

ああ、なるほど、としっくりきた。それを聞いていろいろ納得できたからだろう。日本人離れしたバランスの良い体型も、彫りの深い端正な顔立ちも。

「俺を生んだ母親は子供が出来たことを隠して帰国して出産した。だから俺は5歳くらいまでは日本で暮らしていたんだ。・・・でも、俺の存在を父親とその家が知った。どうしてだかはわからないが。それでおれは英国へと移ることになったんだ」

「家って・・・、どんな家だったん?」
すると、心底忌々しそうに顔を歪めて見せた火村は大きく息をつくと続けた。

「家、な・・・。ごりごりの英国紳士の家系だよ。俗に言う伝統ある旧家ってとこだな。研究室に来てたやつが言ってただろう、サーと。厄介なことに爵位を持っている輩が家長であるでかい家だな。・・・“ロイズ”のアンダーライターを引き受けるくらいの資産を有している財閥だ」
「・・・・じゃあ、あの手紙は・・・」

「そう、アリスが見たのは正真正銘、保険機構のロイズからの手紙。俺名義でも幾らかの支援をしているんでね。めんどくせぇ限りなんだが・・・。で、見つかって母親ともども英国に強制的に連れて行かれて母親が亡くなるまでの何年かを本宅で過ごしたんだ。すでに父親は事故で亡くなっていた為にたった一人の跡継ぎとして英才教育を施されていたんだぜ?厭にもなるだろ?」
「それであんなに英語が流暢なんや・・・」

そして、ブリティッシュの訛りのわけも・・・。英国育ちであるなら納得できる。

「そういうことだな。ああ、この間お前がジョージとしていた話か・・・。ただ、血縁が俺だけだとされていたところに、もうひとり、子供が居たことが判明したんだ。正確に言うと、俺の実の父親がよそに作った子供の子供、ってことになるな。名前はアレックス。つまり、じじいのひ孫で俺の甥だな。それが分かったのが17歳のときだから・・・、今は19歳くらいか。で、そいつの両親が俺の親代わりもしてたってことになるからアレックスにも両親は居ないことになる、わかるか?」
「・・・なんとなくは。つまり、そのなんとかっていう家の血縁はおじいさんと火村とアレックスって子供だけってことやろ?」

「正解。・・・ちなみにスミス家。ありふれた名前だろう?家を出た理由のひとつにこの名前が嫌だったってのもある。どう考えても俺のファーストネームにはあわねぇだろ?」

確かに。イギリスに多い名前というのは知っていたが、それにしたって和風の名前にはおそろしくあわない気がする。

「あ・・・、名前・・・」
「ん?名前・・・、ああ。名前ね。英生、という漢字は本名だ。ただ、読みが違う。本当は“エーキ”と発音していたんだ。“ヒデオ”という発音をじいさまがどうしても出来ないから“エーキ”にしてしまえ、だと。横暴だろ?・・・それで家を出たついでに読みも“ヒデオ”に戻して苗字は母方の“火村”に変えたんだ」

「それで、この前来た人は“エーキ”って言うてたんや・・・」

「まあ、そうだな。あいつはじいさまの片腕として昔から屋敷に居たからな。俺のこともよく知ってる。・・・まさかアリスの事を持ち出してくるとは思わなかったから少し驚いたが・・・」
「そうや。そもそもなんでオレが呼ばれなあかんの?」

そうだとも。火村の人となりは多少クリアーになったがそこに自分が絡んでくる理由が分からない。それこそ、関係ないような気がするのだが・・・。

「そりゃ、俺が聞きたいな。・・・しかも今更になって俺を呼ぶ理由も、だ」

私の疑問に火村は笑って答えた。はぐらかす様子ではないからきっと本当にわからないのだろうか。

「ふ〜ん・・・、英国育ちってことは銃の扱いなんかもその時に習ったんか?」
「ああ。この間の事件な。・・・あっちでは伝統的に猟が盛んだからな。スミス家の男児たるもの、とかなんとか言われて申請をして許可を取っていたからな。あれくらいの簡単な銃器なら扱える。・・・ただ、さすがに申請時の名前と今の名前が違うから面倒になると思って府警には事故って事で処理してもらったが」

「そうだったんか・・・・。道理で慣れとったわけや。正直、焦ったけどな」
「焦ったのは俺だよ、アリス・・・。待っていろといったのにのこのこ付いてきやがって。あっさり捕まってんじゃねぇよ。・・・心臓が飛び出るかと思ったぜ?」

「・・・それは言いすぎだと思う。なんや、顔がにやにやしとるし・・・」
「そうか?・・・・でも、お前が無事でよかった」

そういって火村は苦しいくらいに強く私を抱きしめてくれた。
その、温かい腕の中でそれまで抱えていた不安な気持ちが嘘のように消え去っていることに気がついた。なんだ、こんな簡単なことだったなんて。
恐ろしくて怯えていた私がまるで道化だったかったかのような晴れ晴れとした気分。

不安を与えるのも、火村でそれを取り払ってくれるのも、火村、キミなんだな。
そっと、火村の胸に鼻先を寄せてその香りを嗅いだ。

「・・・でも、火村。キミが火村でよかったかも・・・」
「は?どういうことだ、アリス?」

「スミス、なんて名前だったら友達にはなれんかったかもしれん」
「・・・・・・、アリスとスミスだぜ?きっと大丈夫だろ」

そうして私達は顔を見合わせて大いに笑った。




Author by emi