火村が・・・電話に出ない。
そんな火村を今まで見たこと、無かった。
私からの着信ににというわけでは、無い。
ただ単に携帯着信に出なかったというだけの事。
久しぶりに二人して予定の無かった日曜日、ドライブへ出かけた。
天候は晴れ、綺麗に広がる青空を見ながらあての無い気ままなドライブ。
その車内に鳴り響く馴染みの着信音に、ちょうど信号待ちで止まっていた運転席の火村は一瞬戸惑いを滲ませたものの携帯を手にして、常に無い行動に出たのだ。
今まさに犯人と対峙している、授業中である、会議中であるなど
よほどのことが無い限り、気がついた着信には必ず出ていたと思う。
その着信が
大学からであっても、府警からであっても。
勿論、現場や公共機関以外では着信音を消すことも無く、ましてや電源を落としてしまうことも無かったように記憶している。
その火村が、高らかになる着信音を無視しているのだから驚きもする。
鳴り始めた携帯のウィンドウをちらりと覗き、着信元を確認したかと思うとあろうことか、手に取り音を消してしまったのだ。
そして何事も無かったかのようにステアリングを握るといつもの口調、声色で話したのだ。
「・・・アリス、昼。何が食べたい?」
「・・・・・ほぇ?」
あまりに普通に聴かれたので咄嗟に出した返事は言葉とならず、変な声になってしまった。それを聴いた火村が可笑しそうに笑って、その笑顔につられて私も笑った。
本当にいつもと変わらない穏やかな笑顔を見せる火村に。
戸惑いながらも悟られないように。
なんで、電話に出ないん・・・?
それは簡単な一言なのに。
たった一言が、酷く重くて。
喉元まで出掛かった疑問の言葉は笑い声とともに何処かへ消えてしまった。
たとえば。
ありがとう、や
ごめんなさい、とか。
簡単な、それこそたった一言で済む言葉ほど
言葉自体が持つ意味は大きい。
だからこそ、大切なのだし、意味があるのだと思う。
それなのに。
その、たった一言にはタイミングというものが確かに存在する。
タイミングが合ってこその言葉の意味なのだ。
タイミングが合わない言葉、それは普通に紡ぐよりも遥かに重く、そして言い出しにくくなる。
そのタイミングを逃してしまった私は、それ以上何かを聴けるほど・・・強くない。
それから、うまいと評判の蕎麦屋へ向かい、蕎麦を食べた。
何事も無く振舞う火村に、私も何事も無かったように振舞っていた。
でも、惰性ですすっていた蕎麦には味が無く、交わした会話には意味が無かった。
流れていく景色は色彩を欠き、どこか上の空のままで時間だけが流れていく。
いつもなら愛おしいはずの怠惰な空気すら、どこか素っ気なくて。
帰るか、その一言もないままで車は来た道を辿る。
そして二人で肩を並べてマンションへと帰った。
特に約束をしていた訳ではないが、なんとなく一緒に居る。それはずっと変わらない事だけれど、今こうして一緒に居るのは酷く不自然な気もする。
不自然である、その事を認めたく無くて、必死だったかもしれない。
悟られないよう気持ちを入れ替えようとシャワーを使った。
熱い飛沫を頭から浴びて、もやもやとした何かまで流してしまえればよかったのに。
現実はそう都合よくいかないモノだ。
冷蔵庫に寝かせてあったワインを空けて、最近見つけたお気に入りのチーズとアンチョビ入りのオリーブをつまみに夜が更けていくのをぼんやりと過ごした。
そして、近くなった距離にいつのまにか寄り添う躰を求め合い、少し大き目のベッドへと縺れ込む。
いつだって伸ばされる掌を拒む事など出来ない。
拒む理由も無い。
いつもの様に。いつもと同じに。
そして寄り添って抱き合って温もりを感じながら傍らに火村の寝息を聴く頃に、やけに冴えた思考の中でやっと気が付いた。
不安、なんだろうか・・・。
キミに対して疑問を抱く事が、では無い。
疑問をキミに問いただせない、理由。
不安だから、聴けないんだと思う。
踏み込んではいけない部分に触れることで、キミが私を切り捨てるかもしれない、という恐れから不安を感じていたんだろうと思った。
聴いてはいけない事、それを聴いてしまったら・・・。
わずらわしく思われるかもしれない、そこには触れて欲しくないのかもしれない。
もしかしたら・・・。
キミの心を失ってしまうかもしれない、と。
私は其れが怖かったんだ。
怖くて、気になるのに聴けなくて。
気がつかない振りをしていたんだ。
でも、火村。
そっと呑み込んでいった言葉達は、呑み込んだだけで消えてしまったのでは無いんだろう?
消えずに私の胸の中で漂って徐々に濃く強くなってしまったんだ。
溜まっていくのは、オリ。
澱んで、やがて心を蝕んていくモノだ。
ねえ、火村。
私はどうしたらいいんだろう?
隣で眠る鼻梁の通った端正な顔立ちを眺めると、訳も無く涙が溢れてしまう。
伏せられた目元は、どこまでも優しい。
それなのに。
どうして、涙が出るのだろう。
溢れ出しそうなほど胸に溜まった不安な気持ちが涙となって滲み出てしまうのだろうか。
厭な考えを振り切るように瞼を閉じると濡れた目元を枕に埋める。
吸い込まれていく雫が火村に触れないように逞しい躰に添うと堕ちてきた闇に身を任せた。
このまま、鎔けてしまいたい。
火村、キミと共に鎔けてしまえたら。
私は不安を感じなくて済むかもしれない。
在り得ない事だと、知っていても願って已まない。
少し間が空いてしまいました(>_<)
Author by emi