真実と有用性 -22-


地中海を臨めるチュニスから車で移動すること数時間。

近代的な建物はなりを潜め、代わりに広がるのは一面が茶けた世界。
緑がないわけではないのだが、日本の新緑とは色が違って全体的に茶けて見える。


照りつける太陽と、焼け付くような暑さのせいだろうか。
もしくは、湿気の少ない気候の為かもしれない。


車が目的地へと到着する頃にはだいぶ目も慣れ、茶色以外の色も追えるようになっていた。


目の前に広がる一面の、砂の海。

まるで波のようなうねりを見せる綺麗に波状を描いた砂紋。


そこに。

ヤツはいた!


長い睫毛は瞬きをする度に、ばさばさと音を立てそうなくらい瞳を覆って その細い足は驚くくらいに長く、背中までを遠く感じさせている。


そして見慣れたあのシルエット。

「・・・・らくだ。駱駝!駱駝や〜!!」

もごもごと口元を動かすヤツはその動きに合わせるように背中の瘤を揺らす。

もっと硬いのかと思っていたのに、どうも柔らかいようだ。


・・・中身は脂肪の塊なんだと。
背中にそんな錘をつけているなんて、ちょっと想像できないな。


「気に入ったか?アリス・・・」
「気に入った!勿論や!コレに乗っていくんか?」


ウィ、アリス


なんて言う火村は全身を白い布に包まれて頭は輪をつけて布が飛ばないようにしている。
日に焼けた肌に珍しく無精ひげなんてものを生やして、まるで別人のようだ。
チュニスに降り立ったときのスリムな生地の薄いシャツも似合っていたが、これもまた、いい。
わざわざ、フランス語で返事をしたのは、火村が気障だからとかではなく、フランス語の方が現地の人間には通じるからだとか。


・・・いや、気障なのは確かだが。


私はというと、火村よりも多めに布でぐるぐる巻きにされ、顔なんて目元以外は隠されている。

その目許にもサングラス。

火村いわく、お前は日に焼けすぎるとやけどになるからな。
隠しとけ。

だ、そうだ。

確かに、火村に比べると瞳にしても肌にしても色素は薄いのかもしれない。


焼き尽くすような太陽光線に布で巻かれたらかえって暑いのでは、という心配は取り腰だったことが判明した。
直接、日に当たらないほうが湿気の少ない暑さのうえではいいらしい。
湿気がないぶん、熱が篭らないのだろう。


それにしても、暑いものは暑いのだ。

駱駝の影に身を潜めていると、火村は現地のガイドとなにやら話をしている。
勿論フランス語だかなんだか私には分からない言語でのコミュニケーションであるため、何を言っているのかはさっぱり分からないけれど。

つくづく、何でも出来る男だと思う。

「アリス、行くぞ」
「やった!」


ガイドの合図にとぼけた顔をして駱駝は身を屈めて背中をおろす。
それによじ登るようにして座ると先に上がった火村が私の腕をとって 引き上げてくれた。

ふわっという浮遊感とともに見える景色が広くなる。
想像以上の背の高さ。

掴まるところといえば、目の前の瘤だけで、後ろから火村が腕を回していてくれなければ ちょっと怖かったかもしれない。

・・・ほんのちょっとだけ、ね。

「わっ、わっ・・・」


駱駝が足を運ぶ旅にゆらゆらと背中が揺れる。

それにも暫く行くうちに慣れてきた。
変に力を入れるとかえって不安定になるらしい。
揺れに身を任せるようにして少しだけ内腿に力をこめていれば案外、楽だ。


なるほど、これは快適だ。


砂漠とは言っても一面が砂、のわけでもない。割と岩や緑の多い部分へと向かっているようで永遠とも思える砂の波が続いているところへは行かないのだそうだ。

それは、それで、安心したかも。
いくら駱駝に乗っているからといって、あの過酷な砂の海は体力のない私には少々きついかもしれないから。


暑さで口を開けばそれだけで乾いてしまいそうで、何も言わない。


後ろにいる火村も、何も言わない。


でも、しっかりと回されている腕と、絡めた指が雄弁に語っている。


その背に確かに火村の視線を感じつつも駱駝は砂漠を歩く。

暫く行くと、すこし丘のようにせりあがった岩肌が見えてきた。

岩肌、とはいっても日本の山のように切り立ったものでも、岩ばかりのごつごつとした 荒れ野ではない。

砂地に岩が散らばっている、と言ったくらいの丘だ。


「さあ、アリス、降りるぞ」

ここからは駱駝は入っていけないから、5分くらい歩くのだそうだ。


100メートルくらいだろうか、上の方に火村が言っていた、私に見せたいものがあるという。
先に駱駝の背を下りた火村が私の手をとると腰を支えながらおろしてくれるのにはっとした。ごく自然に手を差し出してしまっていたから。
最近一緒に居すぎて依存する癖がついてしまったのだろうか。

日本に帰って俺、平気か・・・?

少し不安にもなるが、今は旅行中。

それもいいのかもしれない、と思うことにしてガイドさんと駱駝を残して岩肌を歩く。


「なぁ、火村・・・」
「ああ、アリス。なんだ?」

前を行く、火村の顔の脇では白い布がはたはたとはためいている。

「・・・なんでもない」
「そうか。ほら、あと少しだ」


傾斜の緩やかな坂を上りきるあたり、先についた火村はずっと私の手を引いたまま。


あと、もう少し。


ゆっくりと足を運んでその丘を登った。


Author by emi