真実と有用性 -23-


徐々に視界が拓けてくる。
そして世界さえ、変わる瞬間。



目の前に信じがたい光景が広がれば、息さえも止まるのだと知った。




「なに・・・・、なんで・・・・?」



強烈なインパクトにアイデンティティさえ揺るぎそうな衝撃を受けた。
自分が今どこに居るのかさえ疑ってしまう、そんな景色が広がっていたのだ。


「・・・・雪?」


一面に広がる、白く積もった雪景色。


それはいまいる現実から矛盾した光景で、何を言ったらいいのか分からない。


けれど。

なんて・・・・。


「なんて、綺麗なんや・・・」

「ああ、綺麗だろう。アリス」


うっすらと積もったように見える白い粉雪はまるで、たった今降ったかのように日の光を受けて煌いて見える。

キラキラと輝く、雪。


「なぁ・・、火村・・・。ここ、砂漠、やんな?いま、暑い、よね?」


あまりの暑さに感覚が鈍っているのかもしれない。

それでも、とアリスは思いなおした。
いや、もしかしたら、ここは寒いのかもしれない。


だって、ほら。

こんなに鳥肌がたっているんだから。


眼に見える錯覚、ってわけじゃないだろう?


呆然と、それでも見惚れるアリスを見て満足そうに微笑むとその手を両手で包んで 火村は優しく囁いた。


「アリス、これは雪じゃないんだ。・・・塩、なんだよ。砂に含まれる塩分が乾いて結晶化しただけなんだ」
「・・・しお?」


「そう、ただの、塩」

答えを聴いても、ぴんとこない。

塩、って言われるとそうなんや、って思えるのに。
実際に見えている景色に心のどこか片隅の方で、まだ、雪だって言っている気がする。


その感覚はとても不思議で、心が大きく揺さぶられる。

「綺麗やなぁ・・・・」

「ああ、そうだな。・・・コレを見るのは久しぶりだ」


感慨深そうに呟く火村にそっと寄り添うようにして躰を預けた。

「コレを俺に・・・?」
「ああ、アリス。見せたかった」


両手で包んでいた掌を互いの指を絡ませることで密着させて火村が腰に手を回した。

不思議と暑さは感じない。

感じるのは、安心感だけ。


「一度、母親と来たことがあるんだ。まだ俺は10代になったばかりのガキだった。 ・・・コレをはじめて見た時、思い知った。ああ、世の中には眼に見えている部分だけが 全てなんじゃないって。見ている物、知っているもの、それら全てを信じることは、 正しいとは限らないんだって事を。ああ、うまく、言えないな・・・・」

「・・・うん、少し、わかるよ」


珍しく言葉を選ぶ火村がなんだか、すごく、新鮮だった。


「・・・母親は、連れてきてもらったんだ、と言っていた。出逢って間もない、父親に。 結局、英国に連れてこられたときには既に亡くなっていたから、俺は知らないんだが、 それは嬉しそうに話していたのだけは覚えている。・・・・なんで、日本に帰ったのかは 今となってはわからないが。それで、いいんだと思うよ」



黙って聞いていた。


正解なんて、きっと誰にもわからないからだ。
それでも、それで、いいと、思った。


「・・・ありがとう、火村」


なんで、鳥肌がたったんだろう。
なんで、涙が流れていくんだろう。


なんで、の答えは永遠に見つからないのだと思う。
それなのに、心の奥の方では、きっとわかっているんだろう。


眼に見えているもの、全てが正しいとは限らない、
自分が知っている事、それが全てなのでも無い。


分かり合えるのだと、思う。
それでも、確かに踏み込めない、分かり合えない部分というものが在るのだろう。


でも、一緒に居られる、
愛して、いられる。


「ありがとう」


愛して、くれる。
それだけで、十分だ。

「アリス、それでも俺といっしょに、生きてくれるか?」


言葉、だけでは無く


気持ちだけでは無く。


「なんや・・・、プロポーズ、みたいやな・・・」



―そっと目元に落ちる口付けも。

「ああ、そのつもり・・・・だからな」



―実は細かく震えている掌も。

「・・・離したら、いややで・・・?」



―迷わずに抱きしめる強い腕も。

その全てで、意味を成す。


「ありがとう、アリス・・・」

―照れ隠しの負け惜しみの様な言葉にさえ。


「・・・こんなときはなぁ、花の一つでも用意するもんや・・」



キミは、鮮やかに笑って、応える。

「ああ、アリス。・・・こんな花しか用意、できないんだが・・・・」

受け取ってくれるか、といって屈んだ火村が差し出した、其れは。


「・・・・ひむら」



永遠に枯れること無く、色あせることも無い。

悠久と永遠をつかさどる、結晶の華。



その色は紅く、花弁は幾重にも重なり、ひとつとして同じ形を持たない。


それは、まぎれもなく花。




砂漠の薔薇。




やっとで完結いたしました。長々とお付き合いくださいましてありがとうございます。昨今の火アリには珍しい(かもしれない)かっこつけ火村さんとかわいめアリスですね。思う存分砂を吐いて頂ければ幸いです。

Author by emi