真実と有用性 -20-


互いの息さえも感じる距離で。



悪戯に触れて、あるがまま純真なこの人を哀しませてはいけないのだ、という思いと、 思うままに貪ってその躰を我が物にしたい、という思いがジレンマとなり―
一瞬の躊躇を生んだ。

「・・・やっ、火村っ!」
『っ、ぃ・・・って!』

その一瞬の躊躇がアリスを我に返らせるだけの猶予を与えてしまった。
唇が触れる寸前、大きく突っ張ったアリスの腕に弾かれてアルは盛大に後ろへ飛ばされ したたかに腰を打ち付けた。
不意打ちだったとはいえ、やはり男性。
存外強い力で。身構えていなかっただけに驚いた。

・・・キスを拒まれたのは、初めてだ。
それにも、少し、・・・・いや、かなり驚かされた。

「なっ、なっ、なにすんねん!」
「・・・What?」

打ち付けた腰を擦りながら何かをわめくアリスを見た。

アリスはその顔を真っ赤に染めて 唇を戦慄かせてなにやら叫んでいるのだが、驚いたせいか日本語なのだ。簡単な言葉ならわかるもののイントネーションが違う上アリス自体慌てふためいていて何を言っているのかわからない。

まあだいたいは予想できるけれど。

『・・・なんでっ!何しようとしてんのやっ?!』
『なにって、ナニ?』

声高に喚くアリスを宥めるように手を伸ばそうとすると、きっと睨まれたので止めておく。

ああ、その怒った顔も可愛いんだな。

しれっとした顔で、それでもにやにやとした笑みが漏れるのを隠しきれずにアリスに聞くと 真っ赤にした顔を更に恥ずかしそうに歪める。そしてなんとも言えない声で言ったのだ。

『な、何って・・・・。キ、キス、キス!』
『オレ、一応聞いたよ?キスしていいかい?って』

『聞くな〜!キ、キスしていいか、なんて事、聞くな〜!』

からかわれている事に気が付いたのだろう。怒りあらわといった様子で手を振りまわしているアリスがあまりにも可愛くてもっと苛めてみたくなる。

そんな事を思っていたから殊更大きな声で叫んだアリスをみて、思わずにやりとしてしまった。


『あらら、アリス・・・。そんな大きな声でキスキスって言わないほうがいいと思うよ?』

何のことだ、という言葉は聞こえてきた低い声によって遮られた。


その声の低さと地を這うトーンに・・・すごく、嫌な予感がした。

振りむいちゃいけない気がする。


『・・・ずいぶん、楽しそうな話をしているようだな、アリス?キス、が。なんだって?』

こつり、と大理石に響く足音が背後から聞こえる。そして発せられたヴァリトンに今度こそアリスは振り向いた。

明らかな不機嫌を纏ったその男は・・・。

「・・・ひむら!ち、ちがうんねんって!」


わたわた、と慌てるアリスを一瞥しただけで火村の瞳は真っ直ぐにアルを見ている。
それにも動じる事無く飄々とした態度で返すアルに、アリスは更に嫌な予感がした。


・・・予感というよりは、悪寒?

出来ることなら、目の前に居る碧眼の男の口を塞いでしまいたい。

『あっと、伯父さん久しぶり!ごめん、ごめん。抱きしめたアリスが可愛くって、つい』
『アルっ!』

溜まりかねてアリスが叫ぶと、それはもう面白そうにくすりと笑ってとんでもないことをのたまったアルにくらくらと眩暈さえ覚えた。

ああ、これで火村の機嫌は2割増だ。

・・・もちろん、ベクトルはマイナスへ向かって。


頼むから、止めてくれ!

『って、そうだよね〜。ごめん、アリス。キスしていいか、なんて野暮なこと聞いて。 いつもは言わずにするんだけどねぇ・・・、あまりに初心そうだったから一応』


『って、一応ってなんや、一応って!』

は、違う!そこじゃないって!

『あの、あの、違うねんって、ひむらっ!してない!してないから!』



にやにやと笑うアルとは対照的に必死にアリスは違う、を繰り返している。
その様子を見て、火村はため息を付きたくなった。

この危機感の無さ、どうしてくれようか。


学生の頃、だいぶ苦労したのだ。

その頃はまだ、友人だったアリスは誰彼構わず触れ合っていた。

いや、それではやや語弊があるかもしれない。


正確には意識をトリップさせたアリスに邪な思いを抱く連中が勝手に触っていたというべきか。

その自意識の低さから、その状況に気がついた火村は周囲を牽制し、アリス自身にも オレの居ないところでトリップするなよ、と教え込んだのだ。

もっとも、うまく行ったのは周囲への牽制だけで、アリスのトリップ癖は治らないままだったが。
だから、できるだけ火村は傍に居ることを心がけていた。


それがまさかこんなところでまでも、起こるとは思わなかったな・・・。

『・・・アレックス、じいさんが呼んでるぞ』
『へぇ・・・、思ったよりも冷静なんだ?さすが、伯父さん』


ぴゅうと軽く口を鳴らして嘯くアルと片眉をあげていなす火村をはらはらとアリスが見つめる。
その視線を感じつつ、火村はにやりとしてみせた。

『ああ、アリスにはきつい仕置きをしておくさ。・・・ちゃんと覚えていられるようにな』


その言葉の意味を捉えたアリスがぴくりと躰を強張らせて俯く。


あんまり、考えたくないかもしれない・・・。

『お前はまだ子供のようだから許してやるよ。アル。人のものを羨むなんてな』
『・・・はいはい、すいませんねぇ・・・。若いんで食べ盛りなんだよね、ぼくってば』

な、な、何が!!と喚くアリスを見てアルはそっと微笑む。

その悪戯っぽそうな、それでいて憎めない笑みにああ、やっぱり自分たちよりもずいぶんと年下なんだな、なんて事を考えてしまった。

いや、いくら年下の悪戯にしたって、コレは困る。

『・・・じゃぁね、アリス!このおっさんに飽きたら僕のところへおいでよ?優しく食べてあげるからね〜!』
『アルっ!!』

諌める言葉とは裏腹にしっかりと火村の影に隠れたアリスにさらりと投げキッスを贈ったのに あっさりと手前で叩き落とされてしまう。

やれやれだな。

やっぱり大人げない火村にアルは大げさに肩を竦めて見せハウスを後にした。




さよなら、可愛い人。


温かくて優しくて陽だまりのような、アリス。

短い間、隣に居ただけなのに、確実に自分の心の中へと入り込んできた。
・・・もっと傍に居たなら、離れられなくなるかもしれない。
離したくなくなるかも。
所詮は他人。そんな風に割り切ったとしても、離れがたいような温かさ。


やっぱり、敵わないんだなぁ・・・・。

どこまでも、敵わない。

さっさとこの世界を見限って自分を隠す事無く自分の生き方を選んだ彼は この上ない最高の伴侶を手に入れたのだろう。

小さな頃から、比べられて育ち、いつか越えてみせると心に決めた彼を 自分は本当に追い越せるのだろうか。


超えてみせるよ・・・。


そよぐ風に目元が洗われる。


今日、キミに逢えてよかった。
アリス。


コレが、誰かに執着するということなんだと分かったから。
きっと見つけられるさ。可愛い人を。

だから、どうか。
幸せに。


続きはR18です。飛ばしていただいても内容に支障はありません。

Author by emi