真実と有用性 -2-


「動くなっ!」

後ろから足元を蹴り倒され膝を着くような体勢でうずくまった私を、抱え込むように後ろから首に片腕が絡む。目の端に煌く光が見え、その意味を知り恐怖を覚えた。


刃渡りが20センチはあろうかという、サバイバルナイフ。
激昂した男が私の胸元に刃先を合わせているのだ。

一連の動作は驚くほどあっという間。まさに一瞬の出来事であった。

現場に凶器が残されていたことで手元には無いはずと勝手に思い込んでいたけれど、銃はもう一丁あったのだ。そして当初容疑者として思われていたハズの女性は監禁状態。さらに付け加えるなら、状況は最悪。凶器は銃だけでは無かった。そして私は刃物を当てられて人質状態にある。


火村は部屋には入らずに待っていろ、と言っていたのに思わず付いていってしまったことが悔やまれるがすでに後の祭りだ。


口を開けば情けない声が出てしまいそうで奥歯を噛み締めて声を耐えた。

依然として拘束されている女性は目張り、口張りされているが何かが起こったことだけは分かるのだろう、時折小さなうめき声のようなものが漏れ聴こえる。見えない状態で聞こえる周囲の様子に恐怖を感じているのだろうが、粘着性の強いガムテープで肌に直接貼られているのを見た火村がすぐに剥がすのを躊躇ったのだろう。下手に剥がしたら跡になってしまうからだ。


「動くなよ・・・、いいから其処をどけ!コイツを刺すぞ!!」

冷静さを欠いた男の言い分にも動じる事無く、火村は手の中の黒い塊を見つめている。

冷たく鈍く光る其れは柄が太めの凶器。ドアを背に立ちはだかる形の火村に向かって其処をどけと叫ぶ男は、相手に銃が渡ったというのに臆する事無くナイフを振りかざす。

「・・・銃は火村が持ってんのやで?すぐに警察も来る予定や。ナイフで俺を刺しても自分、捕まるやろ?」

だから、どうか諦めてくれ、と半ば懇願に近い思いで呟くも男はあっさりとその申し出を一蹴した。火村がじりじりと焼けるような視線で見つめている。


その、手には。黒い塊。

「コレだから素人は困るな。ソイツには安全装置が掛かったままだ。平和ボケした一介の社会人には解除なんてできやしないさ。発射できない銃など唯の鉄の塊に過ぎないんだよ!」
「・・・あ」

そうだった。安全装置なるものが存在することは知ってはいたが実際にどこをどうして外すのかなど、銃を扱ったことのあるものでなければわからないだろう。だから、こんなにも臆せずに居られるのか。

ぎり、と締め上げる腕に力が籠められてしまる頸にひゅっと息が切れたように音が鳴る。気道が締め付けられて呼吸が一瞬、止まりそうになった。

そして、遠くにサイレンの音が微かに聴こえると、どこか遠くでため息のような息遣いが聞こえた。漸く府警から船曳班が到着したらしく、それを聞き取ったのか更に焦ったような声が頭上から響いて胸の辺りに焼けるような熱い痛みを感じる。少し、刃が刺さったのかもしれない。

「聴こえないのか!!其処を、どけと言ったんだ!!」
「・・・・ソイツを連れて行かれては困るな」

「なにっ?」

締まる息の中で火村はゆっくりと手の中の銃を構えている。せせら笑う男を恐ろしく冷たい瞳で見据え、確実な動きで扱う手つきには迷いが無い。


火村は戸惑いも見せず、躊躇無く構え…まるで煙草に火を灯すようにトリガーを引いた。

近づいてきたサイレンの中に耳を裂くような発砲音が響き、私を巻き取っていた腕が離れて急に吸い込んだ大量の空気に盛大に咳き込んでしまった。
火村の放った弾丸は私に振り上げられた背後の男性に命中し、ナイフを取り落とした男に火村の鮮やかな右フックが炸裂して男は床へと沈む。
そして、騒々しい足音と共にドアが開かれて見慣れた、この上なく頼もしい刑事達が踏み込んできて私は意識を手放した。


一つの疑問を胸に残して。


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目が覚めたとき私は警察病院処置室のベッドの上だった。

火村は事情聴取で府警に向かったらしく、森下が付き添いをしてくれたらしい。

少し傷になったらしい胸元は大判の絆創膏で手当てがされている。引き攣るような違和感を覚えるが、動けないほどではない。

改めて礼を言いその後の状況を聞くと、意外な答えが返ってきて驚いた。


「・・・え?事故、やったんですか?」
「ええ。火村先生はそうおっしゃっていましたよ?なんでも手に持っていたらたまたま銃が暴発したと。・・・あの手の違法銃にはよくあるらしいんですよ。偶然にも犯人に当たったからよかったものの、もし有栖川さんや監禁されていた女性に当たったらと思うと・・・・」

恐ろしいとでも言うように肩を竦めて見せる森下は、実際表情まで暗い。心底心配してくれていたのだろう、心なしか顔色まで冴えない。

「・・・・そうですか。あの、火村は・・・?」
「勿論、火村先生は無罪放免です。ご安心下さい!有栖川さんも首を圧迫された事で一時的に呼吸困難に陥って意識を失っただけらしいので今日はこのままお帰りいただいても結構ですよ。マンションまでお送りいたします」
「あ、すんません。恩にきます」


少し頭痛がするもののふらつく事無く歩けるようなので、お言葉に甘えて送ってもらうことにした。

意気揚々と案内をしてくれる森下の背中を見ながらふと、疑問が口をついて出てしまった。

「なあ、森下さん・・・・」
「は、はい!なんでしょうか?」
「銃の安全装置って簡単に解除できるもんなんですか?」
「え?ああ、先ほどの・・・。う〜ん、あの手のタイプは比較的分かり難いでしょうね。自分達警官は警察学校で一通りの仕組みを勉強していますので銃の取り扱いは出来ますが、一般の方にはまず無理ではないでしょうか。特に日本は銃社会ではありませんから・・・」
「・・・・」

それがどうかしましたか?という森下に曖昧に笑って見せると用意された車に乗り込んだ。

やがて走り出す車の窓から流れていく景色を見つめて疑問は確実に大きくなっていく。


あの時。

火村は何も言わずに安全装置を外していたのだ。


その手つきは、戸惑いや迷いを一切感じさせなかった。

何より、自信の無い行動を火村が取るとは思えない。下手をすれば他でもないアリス自身の命が危険に晒されるのだ。自惚れているわけではない、があの状況で可能性の低い掛けにうって出るとはどうしても考えられない。


おそらく、火村には自信があったのだ。

それも、銃を使って犯人を追い詰めるだけの、自信が。

いくら社会学者として犯罪に近いところに居ようとも、普通の生活をしているだけならば銃の取り扱いなど知らないに等しいはずだ。

現に推理作家でもあるアリスは犯罪に造詣が深くとも銃の実物をこの目にした事さえ何回も無い。当然、誰かに教わりもせずには安全装置を解除してトリガーを引けるとは思えない。

それならば、何故?


どうして、火村には其れが出来たのだろう。

まるで。

まるで、銃をあつかった経験があるような確実な動きで。
照準すら迷わずに戸惑わずに。



マンションに戻ってからたいした時間を空けずに火村が府警から戻ってきたときも当たり障りの無い会話をしただけで其処には触れなかった。

その夜予定通りに泊まった火村は珍しくベッドを共にする事無く、早々にソファーで眠った。

そして、なかなか寝付けなった私は明け方に聞き覚えのある叫び声を聴いた気がした。



少しずつ、確実に。
歯車は廻る。

回しているのは、私の世界で。
その世界の中心には、火村。


キミが居るのだと思っていた。



Author by emi