真実と有用性 -19-

一緒に居るのに、隣に居るのに。


こんなに近くに居るのに。


アリスは自分を見ない。



自分に必要以上の好意を見せない。


だからアルは戸惑ってしまっていた。


いや、有り得ない筈の事が実際に隣で起こっているから驚いたというのが正直なところかもしれない。


なんてことない、どこにでもいそうな細い日本人なのに。

さっき、抱きしめてわかった。かなり華奢なのだと。
今まで抱きしめてきたどんな女性よりも、細い。
その肩は薄く白い喉など掌で掴んだら折れてしまうのではないか、と思えるくらい細くて 茶色の瞳は透けているようにも見え、ぽってりとした唇はそこだけが不自然に紅い。

決して濃い顔ではないのに、はっと目を惹くような顔立ち。


きっと力を込めて抱きしめたら、壊れてしまう。

『アリス』
『・・・・ん?』

なに?とは口に出しても相変わらず目線は定まらないまま。
この瞳が難攻不落とまで言われた火村を篭絡したのだろうか。


どこへ行っても何をしていても彼と比べられる。

“ああ、エーキの甥っ子なのか。さすが彼の甥だな”

その度、アルはむかむかと腹が立って仕方が無かった。

自分は自分なのだ、と。
どうか比べてくれるな、と声を出して言いたかった。

うまくいけば、彼の甥だからと言われ、失敗すれば彼はうまくできたのに、と言われる。
いまでこそ、それを利用して立ち回ることが出来るようになったが、そんな言葉を浴びて育ったアルはどこか見えない部分で他人を拒絶しているのだと思う。


フィルター越しに自分を見つめているのは周りの人間で。

それならば、自分だってフィルター越しに他人を見つめてもいいではないか、と。


この世界から去った今尚、語り継がれる火村を誇らしくも思える、同時にとても憎らしく思った。
彼はあっさりとここから逃げ出して、それなのにどこか東方の地で愛すべき人間を手に入れてのうのうと暮らしているのだ。

そう思うと、苦々しくて。


だから、これはちょっとした仕返し。

そう思い微笑んだ。

そうだ。コレくらいで壊れてしまうくらいの絆など、消えてしまえばいい。

所詮は。他人、なんだから。



『・・・』

手は先ほどから繋いだままなのに、アリスは嫌がる様子も無くしたいようにさせている。

今は逸れてしまった瞳が、自分の緑の色を見つめて居心地悪そうに揺れていたのも知っている。

似ている、と言われる雰囲気も今は最大の武器になるらしい。

握った手とは反対の腕を腰へと回しより密着させるが、呆けたままのアリスは相変わらず気にもしない。


なんて、無防備なのだろうか・・・。
半ば呆れるも、はたと思い当たった。

“アリス”はどんな女よりも華奢で儚いが、れっきとした男性なのだ。
普通、警戒するのは女性が男性に、だ。いくら触れあいに慣れていない日本人だからといって同性同士で警戒していたのではおかしいかもしれない。

まあ、それはそれで助かる。

そっと、耳元へ顔を寄せると飛び切りの甘さを含ませて名を呼び囁く。

『アリス・・・、キスしていいかい?』
『ほぇ・・・・・?』

ぼんやりしたままの表情で無意識に顔をこちらに向けるアリスにそっと顔を近づける。

まだはっきりと意識が戻らないのは好都合だった。

薄く開かれた口唇はまるで口付けを待つようにも見え、どこか頼りなく揺れる瞳はこの上無く アルを誘っているようにも見える。


ああ、その唇に。
触れてみたい。

悪戯のつもりだったけれど、アルの気持ちはいつの間にか純粋にしたいという気持ちで満たされていた。


自分の持つ家柄や容姿を知ってもなおあからさまな好意を寄せないアリス。

皆が見せる好意の裏には私欲が見え隠れしていて、それを知る度にアルは笑ってきた。
嫌になるほど愛想笑いを繰り返してきた。
まるで灯りに群がる虫たちの様に周りを飛び回る人々にうんざりしていた。

それなのに。


目の前に居るアリスはそれをしない。

ただそばに居るだけ。


なんのてらいもなく笑い、話しをしてくれる。


瞳を見つめて居心地悪そうにしていたのも、
この顔を見て呆けていたのも、
その先にある『自分以外の誰か』を見ていたからだ。


そこに、アレックスは居ない。


なんという新鮮な反応だろう。

からかっているつもりだったけれど、そんなアリスに興味を覚えたのはアレックスの誤算だ。

興味、というにはあまりにも甘い。


きっと心を惹かれ始めていたのだろうと思う。




細い吐息さえ、感じるような距離で。
ぴくんと動いた腕の中のアリスがあまりにも可愛く思えて。

そろり、と距離を縮めた。



Author by emi