「・・・え?」
名前を呼びかけられているのだ、と認識するまでにやけに時間がかかった。
それが、不思議なことなのだ、という事に気がつくまでにさらに間を要した。
なぜなら私は名乗った覚えが無いからだ。
それでも何故だか彼を知っているような気がして、懸命に思い出そうと彼の顔を見つめるも思い当たる節が無い。
どこかで見知った顔、だっただろうか。
ぽかんとして見つめて仕舞ったアリスに、どうかした?と青年は首を傾げると
完全に起き上がりアリスを見つめた。
『貴方はアリスでしょう』
『え、ええ。そうですけど・・・、私を知っているのですか?』
どうしてなのかはわからないけれど
戸惑いながらもそうだと言うとやけに嬉しそうに笑っている。
なんだというんだ。
自分の知らないところで有名になってしまった感がとても気になった。私の記憶が正しければ私の著書はこの国で発刊されたということもない。彼が私を知っているのはどうもそんな理由じゃない気がするからだ。
ということは火村の連れだから、なのかもしれない。
もんもんと考えを巡らせているアリスに立ち上がった青年が近づき手を差し出す。
欧米風挨拶、握手位なら私だって知っているぞ。
気を取り直し、にこやかな笑顔と共に手を握るとそのままぐい、と引かれて
盛大に抱きつかれてしまった。
「なっ・・・」
『はじめまして、アリス』
咄嗟に身を捩って抜け出そうとするが、ものともしない様に回された逞しい腕で背中を叩かれる。あまりに自然な流れにああ、そういえばハグってやつか、と気が付いて身を任せることにする。
座っているときは分からなかったが、私よりもだいぶ背が高い。
外人特有のがっしりとした体躯はひとまわりもふたまわりも大きく思えるが、決してふくよかではなく、鍛えられている躰特有の引き締まった筋肉を感じた。
『ああ、やっと会えたね!アリス、思った通りで可愛い人だな』
すぐに離れた青年は私を上から下まで眺めると、大げさなジェスチャーで笑っている。
その言葉を聴いてまたか、と些かげんなりした。
どうにも、よってたかって私を女にしたいらしい。
曲がりなりにも紳士物のスーツに身を包んでいるはずであるのに。
その審美眼がよくわからないが、とりあえず否定しようとこちらは大げさなため息をついて返す。
『・・・ああ、皆さん勘違いされるようですが、私は女性ではありませんよ。れっきとした男です』
案の定、きょとんとした表情で私を見下ろす青年は、暫くそのままでいたかと思うと
やがて堪えきれない、と言った様子で笑い始めた。
なんだ、なにがおかしい・・・?
『・・・なにか?』
『ああ、知っているよ。アリス!君が男だって事くらいはね!』
おもしろいな、と言い笑い転げる様子はもしかしたら年下なのかもしれない、と
思わせるほど幼くも見える。
日本人に比べると欧米人というのはやはり老けて見えるのだろうか。
どうも年齢がはっきりと分からない。
『ああ、可愛いだけじゃなくておもしろいとは思わなかったな、アリス。ほら、座れば?』
目の端に涙さえ浮かべてひとしきり笑った後、すとんと白亜のベンチに腰を下ろすと隣に座るように促すので仕方なく腰をかけた。
何故だか、不思議と安心する声なのだ。
なんでだろう・・・。
『アリスは散歩?ここ、いい処でしょう、気に入った?』
『・・・ええ。自然が溢れている、それでいて手入れが行き届いていて素敵なお庭ですね』
そうだね、という青年はそのまま黙ってしまった。
ちちち、と小鳥のさえずりの中に小川だろうか、水のせせらぐ音が聴こえてなんとも気持ちがいい。神殿の様な柱だけの作りの堂は風が通り抜け、そのそよぐ風すら風景にあっている。
確かに、こんな場所で昼寝をしていたら気持ちがいいだろう。
ちらり、と隣に腰を下ろす青年を見た。
先ほどみせた幼いような顔立ちは鳴りを潜めきゅっと結ばれた口元には大人の余裕すら見える。そうしていると私と同じくらいにも見えるから不思議だ。
それにしても、何故私を知っているのだろうか。
なんだかとても親近感を覚えるのは何故なんだろうか。
そもそも・・・。
『あの・・・・』
『ん〜?何、アリス・・・』
『・・・名前、というか、貴方は誰?』
貴方は、誰?
今更かな、と思いつつも尋ねる私を見て青年は不思議そうに首を傾げた。
『・・・なんだ、聞いてなかったの?てっきり知っているものだと思ってたけど』
『聞くって誰に、何を・・・?』
もしかしたら、聞いていたのに覚えていないのだろうか?
いや、確かに少し呆けていたかもしれないが、彼に会ってから自己紹介をされた覚えは無い。
私の事を知っていたのは気になったが、それも関係あるのだろうか。
『ああ、きっと名前くらいは聞いていると思うけど。はじめまして、かな?アリス、英国へようこそ!僕の名前はアレックス。アルって呼んで!君と会えて嬉しいよ、アリス』
『・・・アレックス?』
思わず、聞きなおした私に気障っぽく指を立ててチチチ、と口を鳴らすとそれでも優しく微笑んで言った。
『アル!』
『アル・・・、こちらこそ、よろしく』
私が笑って言うとまたしても抱きつかれて驚きはしたが、2度目ともなると少し慣れる。
これも異文化のよさかな、と思って今度は私も背中を同じように優しく叩いた。
ああ、そうか。
何故この青年に不思議な親近感を覚えたのか、分かった気がする
声、だ。
声が火村に少し似ている気がする。
そうして、思い出した。
もうひとりの血縁者、確か20歳くらいの・・・アレックス。
火村の、甥っ子だ。
『・・・あの、アリス?』
『あ、何・・・?』
心なしか声色がにやにやしているような気がして顔をあげた。
『嬉しいんだけど、これってまずくない?』
『・・・・え?』
何が、と言おうとして理解した。
しまった、また意識の中へトリップしていた。
アルに抱きついたままの格好で・・・・。
『あっ・・・・、ごめっ・・』
『いいよ!アリスなら、大歓迎だよ』
慌てて離れた私の頭を包むようにしてアルの大きな掌がゆっくりと撫ぜる。
ああ、やっぱり似ているかもしれない。
心の奥がほっこりとする。
Author by emi