「は?」
それまで明らかにうんざりといった様子を見せていた火村は老紳士の言葉にぽかん、だ。
まるで意味がわからないと首を傾げている。
それとは対照的に老紳士は激昂し何かを(少なくともアリスには何を言っているのかわからない)早口に続け、
それを後ろに控えた眼鏡の執事が心配そうに見つめている。
もしかしたらあまり興奮するのは身体に良くないのだろうか。
アリスの祖父がそうだったように心臓を患っていると急な興奮状態はよくないのだという。
『ちょ、待って下さい。そんなに興奮すると胸に障りますよ』
自分の体の事など気にも留めず、なおも言葉を続ける老紳士は呼びかける火村にも答えようとしない。
『・・・だいたい、結婚するという人間を連れてくるのに何故そんな服装で連れてくるのか、
まったくもって理解できん!もっと女性らしくちゃんとしたドレスを着せるべきであろう!最近の流行りだかなんだか知らんがお前が付いていながらなんて様だ。そもそも・・・』
『ちょっと!何か勘違いしているようですが・・・』
あまりに周りの声が聞こえていないのに痺れを切らした火村は、珍しく声を荒げて制止した。
勘違い、と言ったように聞こえたが・・・。何かを勘違いしているのだろうか?ここまで憤るほどの勘違い、とはなんだろう。
不思議そうに見つめるアリスに火村は目配せをし、憤慨している老紳士に向かって
勘違いです、と再び言い直した。
自分が話している途中で遮られた感が気に障るのか、それに納得がいかないといわんばかりの表情をしてみせた老紳士はそれでもいくらか落ち着いたしわがれた声で問う。
『・・・勘違いと言ったか?何が違うというのか』
返答次第ではただですまさない、そんな雰囲気たっぷりの老紳士はじっと火村の答えを待つ。
そんなさなか、やれやれと首を竦めてみせた火村は何とも脈絡の無いことを言ったのだ。
少なくとも、話の流れが見えていなかった私にとっては。
『アリスは男ですよ、おじいさま』
『・・・なんだと?』
「はぁ?」
当たり前のことを言われて思わずもらした言葉は、同じく驚きと共に漏れた紳士の言葉と共に流された。
口に出した老紳士はもとより、後ろに控えている眼鏡の執事すら私の事を訝しげに見る。
なんだ、なんだというんだ?
『だから、勘違いだというんですよ。アリスは男であって彼に子供は生めない』
『・・・男?お前、結婚するのだと言ったではないか!』
まだ信じられないと私を見つめる二人に、見せ付けるように火村は私の肩を抱いて冷静に告げる。
『結婚するとは申し上げたつもりはありませんよ。同じようなことですが“伴侶として一生を添い遂げるつもり”だとは言いましたけれどね・・・』
『男だというのか?本当に?では、何故“アリス”などと・・・馬鹿な。確認したのだろう?』
今度は後ろに控えている執事に向き直り、確認したのかと聞いている。
それまで、無表情で冷静な態度を崩さなかった執事は心なしかおろおろとしているように見える。
・・・どうやらここでも空港と同じことが起きているらしい。
『ええ、確認いたしました。日本人の友人にも“アリス”と言う名は男名かと聞きましたが、
明らかに女性の名前だろうと・・・・。確かにユニセックスな服装でしたが・・、まさか男性とは』
『・・・ちょっと待て。アリスのことを調べたのか?俺に黙って?』
『・・・・は』
恐ろしく不機嫌なオーラを隠そうともせずに問う火村に畏まって頷く執事を庇うように老紳士がいさめる。
『これ、あまり威嚇するな。エドには私が頼んだのだ、調べるようにと。どうやらエーキには長年付き合っている人間が居るらしいというのでな』
『・・・関係ないでしょう』
言いながらも置かれたカップに手を伸ばした火村は、視線を外していたから気がつかなかったかもしれないが、アリスは確かにそれを見たと思った。
関係ない、と火村に冷たく言われて一瞬見せた哀しそうな表情を。
と、アリスの視線に気がついたのか直に老紳士は何も無いような顔をして言った。
『関係はある。お前は私の孫なのだ。さすがに結婚するとなれば相応の対応をせねばな、と常々考えておったのだ。そのうちに挨拶にでも来るかと待っておれば音沙汰も無く・・・』
『・・・存在に気がついたのはいつです?どうやって?』
『ふん、お前の育ての親の葬式をしたとき、一度帰国しただろう。わしのところへは来なかったが、その時に電話で話しているのを聞いたものが居てな。どうやら恋人らしい、名前を“アリス”と呼んでいたと』
『アレックスか』
『ん?なんじゃ、知っておったのか。あれがエーキはどうも本気らしい、と言うのでな。いつ連れてくるかと待っておったのに・・・。まさか、男とは』
「火村。まさかとは思うけど!思うけど、もしかして、また?」
「ん?そうだな、また、だ。アリス」
怒りを含ませた私の言葉に多少なりとも意味を感じ取ったのか老紳士が私をじっと見つめている。
・・・もしくは、まだ信じられないのか。
『確かに声は少し低いな。それにしても細い。日本人は皆、こんなに細いのか?』
『いいえ、アリスは細い方でしょうね。背は高いと思いますが』
細い、細いと言うな。これでも気にはしているのに。
確かに火村と比べれば細いのかもしれないが、言うほど細くもないと思うぞ。
むっとした私に気がついたのか肩を抱いたままの火村の掌が優しく肩を撫でる。
その仕草を見たからなのか、はっとしたように老紳士は私を見て、そして火村を見た。
『・・・恋人と言ったか?』
『ええ。伴侶となるべき大切な人間ですよ』
『・・・お前は同性愛者だったのか』
『それは違う。どちらかというと他人と接触するのは嫌いですね。男であろうが女であろうが。
同性だからというのも違う。アリスだから、アリスがよかった、それだけのことですよ』
きっぱりと言い切った火村を尚もじっと見つめる視線に臆する事無く見返す火村に
再度ため息をついてみせた老紳士は尚も食い下がる。
『何がそこまでお前を掴んだのかは知らんがな。どうみても普通の人間じゃないか』
悪かったな、どうみても普通で。
ああ、男の癖に女と間違われるってとこは普通じゃないと思うぞ。それ以外はいたってまとも、のつもり。
それでも、あくまで火村の掌は優しい。
そっと呟く言葉さえも。
『それがアリスなんですよ、誰よりも何よりも大切な、アリス』
瞳を細め好きにしろと言う老紳士の後ろでは嬉しそうな執事のはにかんだ微笑む顔がちらついている。もしかしたら、思ったよりも否定はされなかったらしい。
そして、火村のことも。
口にこそ出してはいないが、それなりに大切に思われているのではないだろうか。
そう思うとなんだか無性に嬉しくなる。
気持ちが伝わったのだろうか、ふと隣の火村を見ると彼も私を見つめて微笑む。
ほっとしたら急に喉が渇いたような気がして少し冷めた紅茶を喉へ流し込むと
ふわっと香る茶葉の匂いに心までも満たされる。
『・・・そうだ。夜まで居るのだろう?夕食を食べていきなさい』
『ここで?・・・今夜は誰も来ないのなら』
誰も来ないとは・・・?
当たり前のように聞いた火村の問いには後ろに控えた執事が答えた。
『本日はエディンララ公との夕食会にございます』
『ん?そうだったかな、まあ、お前も知った顔ぶれだ。遠慮せずに来なさい。
彼もきっと喜ぶだろう。何年ぶりかな、エーキは』
夕食会!
本日は、ということは毎日そんな会が催されているのだろうか。
相手の名前が出たところで「げ」といわんばかりの火村の苦々しい声が聞こえた。
『以前ちらりとお目にかかりましたが、話をするとなると10年以上経ちますね。
・・・なおさら、パスですよ。そんな公人と会食なんてお断りします。アリスだって気を使う』
そうか、と残念そうに呟くものの無理強いをすることなく。おかわりの紅茶を頼んでいるすきに
火村にそっと耳打ちをした。
「なあ、誰なん?エディなんとかって?」
「ああ、俺の行っていた大学の学長で女王のだんな」
「はっ?」
「エディンララ公爵、つまりこの国を治める女王の連れだな。なんだ、知らなかったのか」
知っているわけがない。女王様の旦那様?
全力でご遠慮願いたい。
再アップしながら心が折れそうです((+_+))我ながらなんつう話を・・・
Author by emi