やがて大きな扉の広間へと通されると暫く待つようにと言われた。
部屋の中は大きく取られた窓から射す日光によって明るく照らされていて、その更に奥に
同じような扉が見える。
やけに高い天井が非日常を感じさせて、アリスはその雰囲気に呑まれそうになった。
あたりに漂う重厚な空気とこれから待ち受けているであろう『自分の知らない現実』と。ともすれば心が折れそうにもなるのに、なんとかこうしていられるのは・・・隣に火村が居るからだ。
知らないのも怖いけど、知ってしまうのも怖いんやな。
そっと溜息をつく。
そんなアリスの葛藤など気がつく様子もなく、待つようにと言い残した紳士はその扉をノックして中へと消えていった。
「大丈夫か、アリス?・・・・だいぶ緊張しているだろ」
「ん・・・・、ちょっと圧倒されてもうた・・・」
心配そうにした火村がそっと肩を抱いてくれる。
繋いでいた手は強く握り締めすぎて若干痺れて、感覚が鈍いのに気がついて慌てて掌を開いて離した。
「ごめっ・・・、オレ、ずっと繋いだままやった・・・。痛かったやろ?」
「いいんだ。気にするな、アリス」
安心するようにと言って温かく微笑む火村はやっぱりいつもの火村で。
それに何故か酷く安心をした。
『・・・エーキ様、アリス様。だんな様が御呼びでございます』
奥の扉から紳士が静かに声をかけると、わかった、と頷いた火村と共に奥の間へと向かう。
窓が多かった控えの間に比べるとそこには小さな窓しかなく、また色合いも暗めで少々威圧感を感じる。先にたって歩く火村の背に隠れるようにしながら中へ入ると応接用のソファのところに独りの男性が佇んでいるのが見えた。
この人が火村のおじいさん、なのだろうか。
シルバーグレイの見事な銀髪をきちんと撫で付けてぱりっとした三つ揃いに身を包んだその紳士は恐ろしいほどの無表情で此方を見据えている。
豊かに蓄えた口ひげを撫ぜながらその視線はそらされることが無い。
『・・・御無沙汰しております』
まるで睨み合うように向かい合ったまま立っている火村が呟いた言葉に、老紳士はふん、と軽くいなすと優雅に腰をおろした。
やっぱりこの老紳士が火村の言っていた家長でもある祖父なのだ。それにしては肌の色艶もいいし姿勢もきっちりとしていてとてもそんな歳には見えないが。
それでも、発した声色だけはやはりしわがれていて相応の歳なのだと感じさせた。
『ふん、ぼうずが大人になりよった・・・。そこに座りなさい』
『・・・ええ。さぁ、アリス・・・』
ついっと目線を逸らした老紳士が促すのに短く答える火村が私の腰に手を回して共に腰を下ろした。
と、まるでタイミングを計ったように控えていたはずの眼鏡の紳士が入れたての香り立つ紅茶を差し出してきた。その優しい香りに幾らか救われる気がする。
『・・・それで、家を出たはずの私に御用とはなんでしょう。しかもアリスを連れて来いだのと無理な注文までつけて。説明していただきましょうか・・・』
『・・・君がアリスか?』
問いかけた火村には答える事無く老紳士はじっとアリスを見つめている。その視線に居心地の悪さを感じながらも頷くとふうとあからさまなため息をつかれてどきりとした。
やっぱり、オレが何か関係しているのだろうか・・・。
『・・・アリスが何です?』
『この者はお前の恋人か?ずいぶんと長いこと一緒にいるらしいな』
カップを手に香りを堪能するような仕草をしている老紳士が告げた突然の言葉に私は火村の顔を見た。
どうしよう。
わざわざ英国に呼び付けられたのだから、それ相応の理由があるのだとは思っていたがこうもストレートに聞かれる事までは想定していなかった。どうやって知ったのかはわからないけれど、いきなりのカミングアウト的問いかけにアリスの頭はパニックに近い。
それなのに私の葛藤などものともしない様子で火村は軽く微笑むと私の手を握りあっさりと肯定してみせた。
『ええ。・・・それが何です?』
「火村っ!」
深いため息とともに目の前の老紳士はカップを手に取るとゆっくりと喉を潤おすように口をつけ、それでも目を瞑りかぶりを振る。まるで、納得いかないかというようなその仕草にアリスの緊張が増す。
いきなりのカムアウトなんて土台無理な話だったのだ。だから、どうする?と疑問を滲ませて火村を見たのに、あっさり肯定するなんて・・・。でも、その当たり前さが嬉しいのだから仕方ない。離れていたとはいえ、火村の“家族”に否定しないで“恋人”だと認めてくれる火村の心使いが何よりも、嬉しい。
それでも、やはり受け入れられないのは仕方ないと思う。
難しい顔をしてアリスをちらりと見た後、聞きにくそうにして、それでもはっきりと老紳士は火村に聞いた。
『・・・それで、結婚するつもりなのか?』
『・・・、少なくとも伴侶として一生を添い遂げるつもりではいますよ』
視線を外す事無く、真っ直ぐに言い切った火村にそれが仮初の言葉では無いということが
伝わったのだろうか、更に難しい表情を見せる老紳士の様子にやはり受け入れては貰えないのだな、と思いアリスは心苦しくなった。
せっかく火村に血縁がいるということがわかったのに、自分の存在のせいでまた関係が悪化してしまうのが忍びないのだ。
それでも、アリスにはどうすることも出来ない。
・・・たとえ誰にどんなに反対されようと、火村と離れるなんて。
到底できないから。
せめて、泣いてしまわないようにぐっと奥歯を噛み締めて耐えることしか出来なかった。
俯いてしまったアリスを上から下まで眺めるような老紳士の視線に少し苛立ったような火村の声が聞こえ、アリスはそっと彼の顔を窺い見た。
その表情はあくまでも変わっていないが、アリスには分かる。
なんだか、苛苛としているように見えるから。
『それが、どうかしましたか?・・・・まさか、そのためにわざわざ日本から呼びつけたとでも?』
『そんな事、では無いぞ。家を出たとはいえお前はスミスの血縁。お前が本気なのだとしたら其れ相応の対応というものが在るであろうが!』
話をしているうちに憤ってきたのだろう、それまで悠然と構えた様子だった老紳士はやや声を荒げて早口に話し始めた。
そうなると私には完全な理解は難しい。筋金入りの英国紳士らしくその話し方にも独特のイントネーションが強く言葉の端を捉えるのがやっとだ。
黙ったままの火村は前を向いているためにその表情が見えない。
それでも、纏っているのは不機嫌のオーラ。
それを見てどうやら良くないことを言われているのだな、と思った。
『・・・いずれ子供も生まれるだろう、そうなればその子もまた、スミスの血を引くということになる。家を出たから他人、ということには為らないだろう!お前は直系の子なんだぞ、もう少し自覚を持ったらどうだっ』
『・・・・は?』
Author by emi