「いったいどこまで続いてるんや・・・?公園かなんかなん?」
憧れの聖地マーダー・ワンを堪能した次の日。私たちは予定通り午後からスミス家の本宅を訪問すべく車で移動していた。イギリスといったらこれだろ、よくわからない理由ではあるがボンドカーを手配していたらしく、見たことも無い高級車がエントランスで待ち構えていた。次から次へとあこがれが現実になり、驚くのにも慣れてしまった。
それでも、うやうやしくドアを開ける火村には・・・少しだけドキドキしてした。
それは・・・内緒だけれど。
滑らかな音をあげ、車はイギリス郊外をひた走る。
運転席には火村が居て、私は窓の外に見える鉄製の背の高い柵が続く景色を見ていた。踏み込むとまわるセル独特の低音が心地よく響く。
それにしても、
先ほどから1キロくらいは悠に続く長い囲いの奥にはたくさんの新緑と芝生しか見えない。
大きな公園なのかと思い、訊ねた私にシフトチェンジをした火村が笑って答えてくれた。
「いや、公園じゃない。ここが本宅」
「ここ?・・・どこが?」
ここ、と言われても見える限りでは家らしい建物は無い。それに公園じゃないとしたら目の前に広がっている広大な敷地はなんなんだろうか。視界に入っている限り、林と時折芝生、そんな感じで。
いまいち理解できていない様子を見て苦笑した火村は、ほらと視線を前方に促した。
指す先には一際大きな門扉が見える。
「ざっと見えている敷地は全てスミス家の物だ。屋敷はこの庭の奥にあるんだぜ?」
「はっ?」
確かに、長く続いた囲いの柵は威風堂々とした大きな門に繋がっていて、それがひと繋がりなのだとわかる。それにしたって柵の奥に見えていた景色の中には建物らしいものは見えなかったと思うが。
懸命に中を伺い見ようとするアリスを一瞬見るも、直に視線を戻した火村は門扉の前に車を付けると軽くクラクションを鳴らして合図をした。
するとどういう仕組みなのか静かにゆっくりと大きな扉が開かれ吸い込まれるようにして車が動き出す。その先にはやはり芝生の間をくねるように続く道しか見えない。
「なぁ・・・、屋敷ってこの奥に本当にあるん?」
「ああ、あるさ。16まではここに住んでいたからな。確かだ。入口から屋敷までは2マイルちょっと、ってとこだから・・約3キロ強ってとこか」
「3キロ!?門から家までそんなにあるんか?歩いたら大変やないか」
驚いて声を上げてしまった私に呆れたような火村の声が掛かる。
「アリス・・・・、家のものはほとんどが車での移動をするから歩くなんてしねぇぞ?
もともとスミス家はこのあたりの領主だったからな。土地持ちなんだろう」
「・・・本当に凄い家なんやね・・・。なんや、緊張してきた」
何もかもが馴染みの無い世界でなんだかとても居た堪れない。
一応お招きに預かった身だ。服装こそ日本で誂えてくれた上質の装いをしては居るものの、同じく盛装している火村と比べるとどうしても見劣りしているような気がする。
がっしりとした、それでいてすらっとしている火村の体躯にはきちんとプレスされた上質で濃色のスーツがよく似合うのだ。
いつもの自然体な髪型とは違って少し後ろへ流すようなスタイルも聡明な顔立ちをよく見せていて一層男らしく見える。
そのままファッション雑誌の表紙を飾れそうな位に見目が良いのだ。
それに比べて痩躯の上、色も白い私は比較的浅い色合いの細身のスーツ、
普段着慣れないせいなのかしっくりとしていないように思える。
少し長めの髪は普段とは違い、耳にかけて後は自然に流している。
後ろへ撫で付けようかとも思ったのだが、朝仕度をしている時に火村がこちらの方が好きだと言って自らセットしてくれたからだ。
程なく車は小道を抜けて大きな噴水の在る石畳の広間へと着いた。
その正面にはレンガ作りの古めかしい荘厳な建物が聳え立っていた。
「着いたぞ、アリス・・・」
「これ、城・・・・?」
目の前に建っていたのはどうみても個人の邸宅には見えない。その大きさ・建物の形状もさることながら施されている装飾はもはや城の域だ。
あまり詳しくは分からないが、ゴシック様式というものだったと思う。
堅固な様相で佇む屋敷の前にはずらっと整列した人影が見えた。
一様にきちんとプレスされた装いは使用人だろうか、その一番先頭には周りとは明らかに違う装いの長身の眼鏡をかけた男性が立っていて無表情ながら会釈をしてきた。
いつか火村の研究室を訪れていた紳士だ。
車がゆっくりと正面に止まるとそつ無い動きで眼鏡の紳士が助手席のドアを開けてくれる。
当然のように差し出された手袋の手にどうしたらいいのかわからなくて、戸惑っていると運転席から降りてきた火村がいいから、といって紳士の手を下げさせ代わりに自分の手で私を誘う。
「おいで、アリス・・・」
もしかして、お手をどうぞ、的な事だったのだろうか。
それにしたって、レディではない私にするものなのだろうか。
異文化という事も在り勝手が分からずやや緊張したまま火村に手をひかれ屋敷の中へと進む。一列に整列した使用人たちがいっせいにお辞儀をするのには閉口したが火村は慣れたもので表情一つ変えずに歩いている。
違う人、みたいや・・・。
凛凛しい横顔を見てふと思った。
まるで、知らない人みたいに感じてへんな気分だ。
静謐な雰囲気の中、先を行く紳士に導かれるようにして長い廊下を歩く。
ロンドン市街地からは少し離れたとはいえ、その周囲には一切の音が無く、中世の様式で彩られた城内はまるで現実味が無い。漂う空気すら違って思えるから不思議だ。
毛足の長い絨毯がひかれた廊下では足元もふわふわとしており、ともすれば何もかもが夢の中の出来事のように感じる。
その中で、確かに思えるのは繋いだままの火村の手の温もりだけで。
アリスは離されないように必死で握った。
それだけが、ただひとつの現実のような気がして・・・。
Author by emi