アリスに手を出すな! -2-

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まさか。
まさか、見逃していた?

慌てて行内に戻ると、すでに客らは外へと逃げていて
遠巻きに数名の男性行員と警備員とが男を取り囲んでいるところだった。


その、奥に・・・。

鮮やかな色のTシャツを着たアリスが見える。


―なんで、そっちにいるんだ!?

目が合ったアリスに口だけで伝えると、小さく首を振ったアリスが
同じようにして返してくる。


―魚!見てたんや!

魚・・・?なるほど、奥の壁面には大きな水槽が誂えられていて色鮮やかな熱帯魚が
泳いでいるようだ。それを、見ていた?
いつの間に・・・?


もしかしたら、子供がよくやるように屈んで水槽を覗きこんでいたのかもしれない。
そうすると、手前にある待合のソファでちょうど隠れてしまいそうだ。


しくじったな・・・。

あの色合いだから視界に入れば気がつくだろう、という先入観があったかもしれない。
まんまと見逃していたのを悔やむ間もなく、行内に男の叫び声が響く。


「近づくなよっ!!う、撃つぞ・・・!」

再び上がった叫びにはっとして男を見ると、手にした拳銃を構えて喚いている。
ちょうど化粧室の入口は少しへこんだ部分にあるため、火村の立ち位置は
男から死角になっている。
その距離、およそ、10メートル弱。

手元もよく見える。

よく見えるのだ。フィールドワークに出るようになって機会があるとはいえ、銃に見慣れている、といえるほどでもない。

それでも、犯人の手に握られている銃が本物とは思えない。掌で覆うようにしている持ち方もそれを語っているし、なにより、いまどき撃鉄を起こすタイプのものは、モデルガンでもない限り安易には手に入らないだろう。

その撃鉄すら本体と一体化していて、起こすことなど到底出来そうに無い。
・・・つまりは、偽物。

ただし、冷静さを欠いた警備員にも行員にもそれは気づかれていないらしい。
この状況下ではそれも難しいだろう。男も巧く隠して持っている。

さて、どうするかな。

連絡しようにも、携帯は隠してきてしまった。
アリスを呼びに行ったらそのまま、退散する心算だったのだ。
まさか、犯人よりも行内奥にアリスが居るとは思わなかったから。

呆けたように立っているアリスは、それでも怯えるでもなく好奇に満ちた瞳で
成り行きを見守っているようだ。
きっと、事が収拾するまでは動かないつもりだろう。


まったく、アイツの好奇心には毎回振り回されるな・・・。

幸い、火村の存在に男は気がついていないらしい。
誰よりも近くに居るのも、火村だ。

見たところ、男は火村よりも年配、体格も良いほうでは無い。
腕に覚えがあるなら、おそらく、偽物を使う事無く刃物を選ぶだろう。
それをしないで、あえて危険な賭けに出たということは、警備員すら脅威なのだろう。

ならば、取り押さえるくらいは出来る。

取り囲んでいる警備員は3人、加えて屈強そうな行員が2人。
きっかけを作ってやれば、彼らがなんとかするだろう。


府警連中が到着するのを待っているのが得策だろうが
興奮状態にある犯人と、警備員達の距離が離れすぎていることから
下手をしたら篭城という可能性だって否めないのだ。


それは、困る。

奥に居るアリスがどんな思いをするかと思うと、それは避けたい。
とことん、アリスには甘いが、仕方ない。


使い古された手だが、ポケットから500円玉をひとつ、取り出すと出来るだけ目立たないように投げる。
犯人を超えて落ちたそれはかちり、と音を立てて転がり反射的に男はそちらを向いた。


その、隙に。

影から飛び出した火村が彼の手元から“凶器”を取り上げて、そのタイミングで
取り囲んだ警備員らが男を取り押さえる・・・・、筈だった。



「・・・おいっ!」

普段、機敏で優秀な刑事達を相手にしているのが悪かったのか?

きっかけを見逃さずに取り押さえるだろう、と思っていた彼らは
あっけにとられるだけで動こうとしなかったのだ。
火村の怒鳴り声で辛うじて動いたものの、とき既に遅し。

離した“凶器”を押さえて、取り押さえる彼らの邪魔にならないようにと
少し離れたのが仇となり、男は間合いの外に出てしまっている。

「ちっ・・・」

手の中の“凶器”は、読み通りただのおもちゃだ。

それでも、思ったよりも取り乱さなかった男は、向かい合った立ち位置の火村に視線を走らせ、続いて取り囲んだ警備員らを見て、攻撃態勢をとっている。

すっと、男の手が懐へと伸び、きらりと光るものを取り出した。

刃物、持ってんじゃねぇか・・・!


面倒なことになりそうだ、という悪い予感と共に火村は手にしたおもちゃを床へと置いて
ついでにジャケットも離した。
両手をフリーにして攻撃に備える。



じり、じり・・・・・。

まるで、音さえ聴こえてきそうな緊迫した空気に息が詰まる。

無言ながら雄弁に牽制しあう双方は、相手の出方を窺いつつも間合いをとっていた。

―先に動いたのは、犯人。

向かってくる相手を受け止めようと身構えた火村をあざ笑うかのように身を翻すと
少し離れた場所から成り行きを見守っていた、人影の方へと移動する。


「やめろっ・・・!ソイツには、手を、出すなっ!!」


はん、と鼻で笑い犯人は一直線に向かっていく。
その、先にはきょとんとした表情で立っている目立つ服を着た、アリスがいた。

「駄目だっ・・・!よせっ・・・!」



Author by emi