王の花嫁 -6-



王室に措けるタブ―・・・。



如何なる事が在ろうとも、同時に二人の王子が存在することを禁ずる。



王子は既に居るのだ。

亡き先王の残した忘れ形見が。


その王子が成人するまでの期限付きで王家の直系の妹夫婦が代わりに国政を司ることになったのだ。


ゆえにこれ以上直系の王子が生まれるというのは後継争いの火種に成りかねない。


望まれない王子。


それでも。

望んで望んでやっと出来た子供だった。

その児は雪のように白く、春の息吹を纏って生またかのようで
顔立ちも穏やかで身体つきも華奢で。



誰もが賞賛する、愛らしい赤子。



大変な思いをし我が子をその腕に抱いた時。小夜子は決意したのだ。


何を失ってもいい。
何があっても構わない。

それでも。


この子を失うわけにはいかないと。

だからこそ。
生まれた児は―――姫。

名は、アリス。




こうして産まれた赤子は姫となる。


その秘密は母である小夜子、その夫、そして乳母と姫付の執事。
極限られた者のみが知る真実となったのだ。



愛ゆえの“姫”であること。





「アリス…、お前男だな?」


耳元に囁かれた言葉がアリスの思考を凍りつかせる。誰にも知られてはならない、そんなことは当の本人が一番よく知っている。

それなのに、それなのに!


背筋を走る悪寒に全身から血の気が失せていくのを感じる。それでもしらを切りとおさなければとアリスは必死だった。それなのに辛うじて発した言葉は切れ切れで。


「な…、何を…いって、る…?」

固まってしまったアリスの背中から腰の曲線を確かめるように男の掌が辿る。

「よく似合っているが、抱き上げてすぐにわかった。…腰つきが違うな」
「なっ…!」


反論しようにも声が掠れて何も言えないアリスに、男の執拗な掌は尚も動き続け背中を辿って首の後ろ、項を擦り喉元へと這わされた。


「あっ…、やめっ…」


反射的に腕を取って抵抗しようとするが、アリスの細腕ではなす術も無く、逆に腕を取られて机に上半身を倒され縫い付けられてしまった。圧し掛かられる体勢に身動きが取れない。


「やっ……!」


片腕のみで男はいとも容易く抵抗を封じ、空いている指でアリスの喉元を撫ぜる。
くっと押されて思わず嚥下するように動かしてしまった。

それは、隠しようの無いモノ。



「なるほど、ドレスやチョーカーで巧く隠しているのか」
「っは、…ふ…っ」


喉を押される感覚に息苦しくて眩暈すら覚えるアリスは、抜け出そうと必死に抗うが、男の指は容赦なく下肢を弄りするりと中へ入り込んでくる。


「ぃややっ!!」
「っ…!」

華奢とはいえある程度は力もある。全力で足を振り上げると裾が乱れるのも構わず蹴飛ばし、僅かに緩んだ隙に身体を捻って抜けだし男の腕から逃げた。それでも確かに男の指がアリスの中心に触れた気がする。


もはや、言い逃れも出来無い。


緊張の為か、男の容赦無い追及の為か。


アリスの息は上がり、威嚇をするように男を見据えている。

その強い瞳は、華奢で儚い見目にそぐわない。おそらくは見た目とは裏腹に色々なものを心に抱えているのだろう。自分の本質を抱えて隠して、装って。


そうしてうまく生きている。


男は蹴り上げられた脛を擦りながら机に腰を掛け、片眉を上げると脇に置いた本を取り上げ事も無げに告げた。


「ふん、安心しろ。俺がお前の秘密とやらを知っていることは、先ほど話の中で確認済だ。つまりはアリスの両親もご存知だよ」
「え、…そうなん?」


手にした書を紐解きながら目線だけで頷くと男は書へと視線を戻した。


視線が逸れた事でアリスは安堵し、なんとか気持ちを落ち着かせようと深呼吸をする。


母上が言っていた『全てを』というのは、この事だったのだろうか。

『姫が男である』という事実を東国の王の使者が知ってしまったということは、この縁談は破談であろう。娶る相手が男と分かっていて承諾するような偏屈が居るとも思えないからだ。万一居たとしても相手は一国を治める主たる王、後継問題などにも関わる事実を容認するとは思えない。


…だが、母上はなんと言った?

嫁ぎ先が決まったといったのだ。つまりはアリスが男という事実を知っても尚、娶る意思は変わらないということなのだろうか?

王の意思を汲むという男に聞けばわかるのかと思い問いかけようと口を開きかけた、が。今更ながら名を聞いていない事に気がつく。


「…なあ、名前。そういえば聞いて無いんやけど?」
「ん?」

ぱらぱらと書に目を落とす男は顔を上げてアリスを見た。


改めて見るとその整った顔立ちは、どこと無く尊い雰囲気すら醸し出している。王の使者を一人で務めるくらいだ。もしかしたら身分は相応に高いのかもしれない。


「ああ、名前ね。…ヒムラと呼べ。アリス」
「ヒムラー?」

「違う。伸ばさずに、火村」
「…火村」

立ち上がると火村は本を閉じ、恭しくも畏まってお辞儀をした。


「では、これから暫くの間宜しく、アリス姫」



Author by emi