王の花嫁 -2-



小道を抜けるとそこは背の低い木が疎らに生えた草原。

城からも見えた大きな樹木は、風に葉をなびかせて悠然と在った。

ここならば問題ないやろ。


アリスは一人ほくそ笑むと木の幹に上り口を捜して近づいていく。ぐるり、と太い幹を一周した後、狙いを定めてごつごつとした木肌に指を触れた。


「…?」

ちょうど良い位置に足を掛けられる経こんだ部分があるのだが、土と草が擂ったような跡が見て取れる。先客があるのかと見上げた木の枝には黒い塊。

何や、あれ。


下からは良く見えなくて、目を凝らそうと身を乗り出した瞬間。

「あっ……」

一陣の風がアリスのショールを舞い上げ奪っていった。
光沢のある薄い生地は風に煽られ、意思があるかのように攫われていく。

綺麗やなぁ。

どこかのんきに舞い上がるショールを目で追うと、頭の上に大きな影が霞めた。と同時にザザザ、と目の前に黒い塊が振ってきて、アリス姫は思わず目を閉じてしまった。正体を見極めようと目を凝らした矢先だったので、もしかして大きな黒い動物でも降ってきたのかと思ったから。

「な、に…?」

大きな黒い塊は、どうやら人だったらしい。

驚きのあまりアリスがぼんやりと立っていると、顔の脇に何かが掠めた。その感触におそるおそる瞼を開けると ふわり、柔らかい布が顔を覆った。

ああ、ショールや。


風が攫ったはずのアリスのものだ。どうやら目の前の男が飛ばされたのをキャッチしてくれたらしい。礼を言おうとアリスが顔を上げると、身に黒衣を纏った長身の男はアリスの後ろ、疎らに出来た茂みを見据えていた。


「あ、あの…。ありがとう」
「…上等の生地だな。そんな格好で、こんなところを独りふらふらしていて良いのか?」

アリスよりもやや長身であろうか、見慣れない黒衣を身に纏った男は鋭い眼差しで周囲を見回し、アリスとは目線を合わせることのないまま低く感情の篭らない、それでいて何故か心地よく響くバリトンで囁く。

「え…?」
「彼奴等はお前の客人か?」

アリスが何のことかと後ろを振り返るのと同時に、黒衣の男がアリスの腕を取り大樹の幹へと押しやりアリスの前へ立った。

「ちょ、突然なにするんやっ…」
「心当たりが無いようなら下がっていろ」

言うなり茂みの影から人相のよくない輩が数人、下卑た笑いを浮かべながら飛び出てきて、ようやく黒衣の男の言葉の意味を知った。もしかしたら、付けられていたのかもしれない。10人弱の集団はおそらく、人攫いをなりわいにしている者たちだろう。声を荒げたリーダーらしき人相の悪い男がこれ見よがしにナイフを振り回している。



「その娘、渡してもらおうか!」

今のアリスは追われる身ではあるが、近衛兵にこんな荒くれ者は居なかった。


見慣れない粗忽者達に怯える様に身を縮ませたアリスは、無意識に黒衣の裾を握り締めている。


それを一瞥すると、黒衣越しに男は飄々とした態度と言葉でアリスに尋ねた。

「と、言っているが渡した方がいいか?」
「あ、あほう!そんなん困る!!」

冗談にもならない。こんな無骨な連中に捕まりでもしたらどんな目に合うか…。

アリスが必死の思いで黒衣の男に言うと、仕方無いとでもいうかのように肩を竦めて見せ、二人を囲むように距離を縮めてくる悪漢達を見回し声高に言い放った。


「だ、そうだ」

余裕綽々といった態度だが、どうみても形勢は不利だし、アリスは不安を隠せない。悪漢達も黒衣の男の態度が気に触ったのだろう、とたんに色めき起って益々憤怒している。

「では、力ずくで頂いてゆくぞ!」


太い声で猛ると各々手にした武器で威嚇をし襲い掛かってきた。



そんなあらくれ達にも取り乱すこと無く、やれやれ、と小さく呟いた黒衣の男は見慣れない刀身を抜き去ると黒衣を翻した。そして舞いでもしているかのような鮮やかな躰捌きで太刀を受け流し剣先で敵を沈めると、囲いの一端を裂いてアリスの腰に手を回し軽がると抱えあげてしまった。

「なっ、なっ…」
「ったく、面倒だ。走るぞ」

不安定な格好で抱えられたアリスは振り落とされないようにと男の首に腕を回して必死にしがみ付いた。


こんな状況で落とされてしまっては困る。この者が何者なのかは知らないが、それでも、追いかけてくる男たちよりは遙かにいい。

よほどの腕なのか、アリスを脇に抱えたままで黒衣の男は攻撃を受け流し確かな足取りで繁みを掏り抜けて行く。アリスは最早目を瞑って落とされないように縋り付いて居るしかなかった。



と、草叢を抜け石畳の小道へと差し掛かったその時。
黒衣の男が急に走るのを止めて立ち止まった。


「な、なに?どうしたん?」
「…新手か」



Author by emi