「では、これよりアリス姫を王の花嫁として迎えるべく婚礼の儀を執り行う!」
声を高らかに上げ広間中に聴こえる号令と共に集った者たちから歓声があがり、一層華やかな音楽が鳴り響く。
きっと目の前に居るのがこれから添い遂げる王である「楽」という御仁なのであろう。とうとう、ここまで来てしまったのだ、と。居た堪れない哀しさからアリスは瞳を伏せてじっと床を見つめていた。
考えることなど、やめてしまいたい。
それでも尚、諦めの悪い己を知る。
きっと、大丈夫。
自分に言い聞かせるようにしてぐっと唇をかみ締めるが…そんな事さえ滑稽に思えた。
何が大丈夫なものか、と。
まるで夢のように実感の無い出来事なのに、噛み締めた唇は間違いなく痛みを感じそれが夢ではないとアリスに思い知らしめ俯いた視線の先には、黒い装いの足元が見える。
ゆっくりと足が近づき、傍らに体温を感じた。
その感覚にこれが紛れも無い現実なのだと、更に胸が締め付けられるような感じがする。
それなのに幻のように鼻腔を擽る、あの甘い香りがして、混同する夢と現の矛盾に王が何かを呟いたのも聴こえなかった。
そっと腰に手を添えられて泣きたくなった。
こんな時にすら思い出すのは火村の掌で。
「アリス」
聴こえた声すら愛おしい甘い響きに似ている。
添えられた手に感じる温もりすら。
「アリス」
違う…?
違う、そんな筈は無い。
それなのに、こんなにも心が打ち震えるのはどうして?
確かに香る甘い痺れるような匂いを知っているのはどうして?
期待と戸惑いを胸に手を取る男の顔を仰ぎ見て、アリスは世界の全てを放棄した。
「…ひむら?」
涼しい顔で片方の眉を上げて微笑んで見せる、その顔は。
「なんだ、アリス。ぼうっと見つめて…。俺に見惚れているのか?」
聴いたことのある言い回しに目の前の光景が現実かどうか分からなくなり、動けない。
何かを言いたい、確かめたいのにアリスの全てが止まってしまった。そんな呆けた様子のアリスの頬をそっと撫ぜると、腰に手を回したままで火村が声を張る。
「此処に居る全てのものに誓おう!私はアリスを妻として迎える。今日の佳き日に華燭の典を挙げ、我々は偕老同穴の契りを結ぶ。如何なる時もアリスを助け愛することを此処に手を取り皆に誓おう!!」
おおー、と湧き上がった歓声に止まっていたアリスの世界が動き始めた。
それでも、まだ信じがたい光景に恐る恐る腰を抱く男を見つめた。
「ひむら…」
「すまなかった、アリス。やっと逢えた」
申し訳なさそうに、それでもどこまでも優しい笑顔で火村が呟くのを聴いてアリスの視界がまたぼやけてしまう。
もっとよく火村の顔を見ていたいのに。
とっくに枯れ果てた筈の涙が溢れる。
「火村…!」
それを何時かのように優しく火村の指が拭っていった。
「アリス、手を取り誓おう。…信じていてくれて、有難う」
極度の緊張からか立っていることが限界だったアリスを見て取ると、腰に手を回した火村は鮮やかにアリスを抱き上げ耳元で囁いた。
その囁きは火村がくれたどんな言葉よりアリスを振るわせる。
甘くどこまでも優しく。
蕩けるようなヴァリトンで。
「アリス、愛しているよ」
あの夜に伝えられなかった言葉を贈ろう。
アリス、愛しき姫。
それは、黒き漆黒の瞳を持つ―――王の花嫁。
なんとか年内にラストアップとあいなりました;;大変遅くなり申し訳ありませんでした。あとおまけの一話が付きますがそれは年明けに<(_ _)>良いお年をお迎え下さいませ。
Author by emi