王の花嫁 -17-




沿道から聴こえる高らかな歓声もアリスにとっては悲鳴にすら聴こえる。

…自分の心があげている悲鳴に。

永遠にも似た長い道のりを、

ゆっくりと静かに、それでも確かに進んでいく。

それはまるで未だ諦めのつかないアリスを説得する聖者のようで、 一歩一歩、アリスの心を浸食していく。

諦めるしかないのだと、
信じていても仕方ないのだと、
否が応でも思い知らされていくのだ。


やがて異国の城へとたどり着くだろう。
そうなれば、アリスに自由は…無い。



窓に切り取られた空はどこまでも蒼く自由なのに。








このところ様子のおかしかったアリスに母親である小夜子が気ついていない筈もなく、出立の朝、泣き腫らしやつれた顔のアリスを見て何も言えない事に対して心苦しく思いながら優しく髪を撫ぜては諭した。


もはや誰の言葉もアリスには届かないであろうと…わかってはいたけれど、それでも何かを言ってやらなければ、そのまま儚く消えていってしまいそうな位…弱弱しくも、笑う、アリスに。


何度も、何度も。


心配することは無い、貴女の信じる者を最後まで信じていなさいと。
繰り返し囁くと、優しさを湛えた瞳でアリスを抱きしめた。


ええ、母上…。


信じています。信じているからこそ、辛いのです。
諦めてしまえればいいのに…。それが出来ないのです。



その言葉は最後まで伝えられず、言葉の代りにアリスは辛うじて微笑むと小さく頷いて生まれ育った城を後にしたのだ。






ゆっくりと馬車は進む。


晴れやかな空に華で飾られた車と、物々しい護衛兵が周りを固め、指すら上げられないくらい憔悴しきったアリスを誘う。

…着飾ってこれ以上無いくらい美しい姫を。



そして、ひときわ大きな歓声が聴こえた。




火村が居るかもしれない、ここから救い出してくれるかもしれないと、未だ諦めきれない想いを抱え、微笑を張り付かせたまま沿道を見やるが見慣れない装束の民達の中に黒い狼は見えない。


分かっていた筈なのに、と自分で自分に嘲笑が漏れる。


こんな処に居る筈が無い。


わかっている。


勝手に期待をして、勝手に裏切られたような気分になっているだけ。
火村は、…悪くない。


大きな門を潜ると石畳の小道を抜け華やかな音楽と共に馬車の歩みが止まる。


「アリス姫、…ご到着!」

扉が開かれやはり見慣れない装いの従者に降車を促され、ほとんど惰性でアリスは躰を動かした。


ここがこれから生きていく場所…?


虚ろな眼差しで傍に控える者たちの中に火村を探した。

それでも、彷徨う視線は定まる事無く。
探す人影を捉えることなく。



手を引かれ控え室へと入った後、アリスはあまりの心痛にこれが夢か現か分からなくなった。


やがて式典がはじまるであろう…そうなれば、引き返せないのだ。

いや、既に後戻りは出来無いのだろうことは明白だったが、それでもどこかで縋りつくような希望を捨て切れずに居る事は確かだ。

どうして、ここに居るんだろう。
どうして、ここに居ないのだろう。


とっくに涙は枯れ果てた。
泣くことも出来ず、叫ぶことも出来ず。



アリスはただこうして祈ることしか出来ない。

国の為、民のため、そして愛してくれた両親の為。

逃げ出すことも叶わない。



火村。

声に出さずに唇を動かした。

未だ、待っていればいいの?
何時まで信じていればいいの?

窓の外に見える景色は慣れ親しんだものとあまりに違って、それがアリスを惑わせる。

…ここは、知らない処。




「姫、そろそろお支度を…」

扉の向こうから式典の始まりを告げる声が聴こえる。

ゆっくりとアリスは面を上げて閉ざされた扉を見つめた。







荘厳な音を響かせた広間の音楽もどこか遠くに聴こえ、静々と足を運ぶ両脇に跪いた盛装の者達が見えた。


顔を伏せて目線を下げて歩くアリスには過ぎ行く足元を見るのが精一杯で、忙しなく瞳を動かして、火村を探すが…。


探し求める黒い漆黒の瞳を有した狼は姿を現してはくれない。

それは当たり前の現実なのに。


徐々に身体から血の気が引いていくのはなぜなのだろう。

諦めなければならないと、長い道すがら自分に言い聞かせて来た筈なのにこんなにも自分は諦めきれずに居る。

信じていたいと、願ってしまう。



だからこそ不自然に躰が震えてしまわないように必死で気持ちを支えられるのかもしれない。


それでも、このままでは…消えてしまいそうな位苦しいこの思いは、どうしたらいいのだろうか。


いや、いっそのこと。
消えてしまえればいいのに。



アリスを繋ぎとめているもの、それは。
火村の残した甘い囁きだけ。

信じていろ、確かに聴こえたその声を。

諦めたくない。

その想いだけが、ただアリスを動かしていた。



やがて先を行く従者が立ち止まり前に立つ者にアリスの手を託すと、伏せた目線に見えるその人は、整った顔立ちではあるが、どこか華やかで火村とは受ける印象が違っていた。

派手やかににっこり微笑むとその彼は満足そうに頷くと優しくアリスに告げた。

「ようこそ、アリス姫」

目の前の男が声を高く上げ広間に集う者達に告げる。

「では、これよりアリス姫を王の花嫁として迎えるべく婚礼の儀を執り行う!」



Author by emi