言葉を紡ぎ、愛を育てる -epi 1-



アザレア―
鮮やかな桃色の花言葉は、“愛される事を知った、喜び”
それがキミに贈る花の持つ名だ。


いつか、伝えることが出来るだろうか。
いつか、お前が知るときが来るのだろうか。


「アリス!」


どうしても、繋ぎとめていたくて。
叫んだ名前の、その、意味を。



何時も歩く通りの向こう、信号待ちをしているときに彼を見つけた。

もう、ずいぶん前の事だ。


遠目に見えるその姿に、はじめは学生がアルバイトでもしているのだろうと思った。

アルバイトといえば、義務的に動いている輩が多いと思っている中で
それにしては、生き生きとしているな、とも。


それから、毎朝。通りを過ぎる前、その店に視線を送る癖が付いた。
雨の日も、晴れの日も、暑くても、寒くても。


毎日、その店には彼の姿しか、無かった。
だから、学生なのではなく、オーナーなのだと知った。

その彼を。
大学の図書館で見かけたのだ。


期末の課題書籍を選ぶために立ち寄った図書館で、偶然目に留まった人影。
火村からは逆光で顔までは見えなかったけれど、
細い明り取りの窓から指した光が髪に反射して、綺麗な輪が出来ていた。
きらきらと、まるで光を吸収するかのような光景に目を、奪われた。

そして手にした本を嬉しそうに眺めている後ろを通り過ぎたとき、
花を纏ったようにふんわりとした、いい香りがして。

思わず振り向いてその顔を見て、驚いた。

ああ、あの、彼だ、と。

穏やかな微笑を浮かべたその顔は、幼いようにも見えるし、大人びても見える。
よほど世界に浸っているらしく、おそらく不躾な視線にも気がつくことがない。


―・・大学の関係者、だろうか。


後日、貸し出し履歴を確認して、名前を知った。

―・・有栖川有栖


それを見て、何かの間違えかと思ったが、どうも本名らしい。

珍しいというか、思い切った命名をするものだと驚きはしたものの、すぐに慣れた。


アリス。


柔らかい雰囲気を持った彼にはよく似合う。



そして、あの日。


ちょうど妹の誕生日だったことを自分への口実にして、彼の店へ入った。


大切そうに、丁寧に花を束ねていく様をじっと眺めていた。

優しい色合いで纏められたそれを、大事そうに抱える彼の表情を見て、
呟いた言葉の意味を悟ること無く彼は笑った。


―鮮やかなものだな・・・。

ああ、とても、鮮やかで綺麗だ。
その、花よりも艶やかな笑顔は。


―また、来る。

口を付いて出た言葉にも、嬉しそうに微笑んで居た。



とはいったものの・・・正直、迷っていた。

いつもとは違って通りの反対へ渡らずに歩いているときも、まだ。

自分が花とは縁の無い容姿をしていることくらいは自覚しているから
また行く、と言ったものの、その理由が見当たらなくて。


悩みながら、歩き続け、気が付けば店の前まで来ていた。

いつもよりも少し早い時間だったな、彼は外を掃いている。

店の中に居たなら、たぶん、そのまま素通りしていたかもしれない。

彼が、背を向けたまま、だったら。
声は掛けなかったかもしれない。


それでも。

「おはようございます!」


考えていたもやもやとしたもの、一切を吹き飛ばす彼の笑顔に。

ああ、きてよかった。
何故か、安堵した。



再び、彼を学内で見つけたときに思わず叫んだ名前に。

当たり前だが、怪訝そうに訝しむ彼に“店の名前を呼んだ”と言ったが、 果たしてうまく誤魔化せただろうか。

ただ、最近よく顔を出すだけの客に呼び止められたというのに、 彼は厭う事無く隣に居てくれた。


それからは、なんだかんだと理由をつけてはいっしょに居るようになった。
ちょうどその時いっしょに居た妹を使ってまで、彼を繋ぎとめておきたかった。


徐々に、その距離を縮めていく。


時折、寂しそうに笑うその笑顔に堪らなくなる気持ちを抑えながら
それでも、離れることは出来なかった。


自分でも自覚していた気持ちの変化に目ざとく気がついた妹は
嬉しそうに、それでも心配そうに笑っていた。


今夜、アリスと約束をしている。
きっと断られるのだろう。


それでも。



お前の笑顔に潜む、一瞬の揺れに。
全ての可能性を掛けて、告げよう。


お前が、大切なのだ、と言ったなら
果たしてどんな顔をするのだろうか。

願わくは、あの時の笑顔を・・・。
華よりも尚、艶やかで鮮やかな、笑顔を。


火村視点。

Author by emi