「あれ、今日は独りなん?」
たまには外に食事に行かないか?という火村の誘に
このところ断わり続けていたから、と自分に言い訳をしてイエスと答えた。
久しぶりに会える!
そう思って少しだけ早めに閉めた店の中で
そわそわと待っていたアリスの前たったのは火村ひとりだった。
当然、彼女もいっしょにくるのだと、思っていたから驚いた。
「ああ、ユウリはなんか仕度があって忙しいとかでな・・・、
なんだ、俺だけじゃ不満か?」
「えっ、いや、そんなわけないやん・・・・」
横目に悪戯っぽい光を滲ませた火村の仕草に慌てて被りを振ると、
軽く鼻先であしらわれた。
「まあ、いいさ。行こうか、アリス」
そう言って火村は自然な流れでガラスの扉を押し開けて私の身体を先に出す。
さりげない、腰に手を回したエスコートは
私以外の誰かのために身に付いたもの。
それでも。
誰かの代わりだったとしても、嬉しかった。
腰のあたりにそっと触れた、彼の掌が思ったよりも大きくて。
何故なのか、鼻がつんとした。
その店は駅から少し歩くのだという。
他愛のない話をしながらも、火村を見てしまう。
いけない、いけないとわかっているのに、
どうしても、目が、離せなかった。
君と出会ってから半年余りが過ぎた。
羽織っていたコートはいつの間にか見なくなり
纏っているスーツも薄い生地へと変わった。
季節は初夏。
もうすぐ、夏が、来る。
届かないで欲しい、と願っていた知らせは、
もっとも効果的な方法で私の手の中へと舞い降りた。
その日、私たちは久しぶりに食事をして
いつものように帰り際、火村が一服している間。
私と彼女は少し離れた所で待っていた。
そうして、彼女は私に耳打ちしたのだ。
『アリス、式の日取りが決まったのよ。』
直接、問われてしまえば。
目を見て、聞かれてしまったら。
断ることなど、出来ないのに。
それは嬉しそうに微笑みを浮かべて、彼女は続ける。
『アリスも、来てくれるでしょう?』
少しだけ、首を傾げてはにかむ笑顔に笑って頷くと
彼女はほっと肩を撫で下ろして安堵したように見えた。
『ありがとう、・・・ねぇ、アリス
これからも、どうか仲良くしてくれる・・・?』
当たり前や、と頷いた。
結婚式までは、あと2ヶ月。
それまでの長い夜、私はどうやって過ごすのだろう。
前を行く、大きな広い背中を仰ぎ見た。
「アリス、腹、減ったか?」
「ん・・・・、まあ、そこそこやな。今日の店はどんなとこ?」
さり気無く通りを行く人の波を掻き分けては
私が歩きやすいようにエスコートしてくれているのだろうか。
時折振り返りながら微笑みかける笑顔に自然と嬉しい気持ちが湧いてしまう。
「ああ、お前が好きそうな創作和食の店。ちょっと洒落てていいらしいぞ」
「へえ。楽しみやね、火村・・・。
洒落てるんなら
彼女と、来たほうが、よかったんやないの?」
ふと、振り向いた火村の瞳が心なしか憂いを帯びているように見えて。
どきり、とした。
「・・・なんだ、アイツが居たほうが良かったのか?アリス」
「いや、そんな事、ないんやけど・・・・」
思わず立ち止まりかけた私を促すと並んで歩き出す。
少し表通りを過ぎたせいで人通りも疎らだ。
「今更、アイツじゃなくてもいいだろ。
アリスと来たかったんだ、今日は。それに・・・」
「なんやの?」
声の質、横顔の口元が、ほんの少しだけ、緊張、している。
「アリスに、頼みたい、事が、あるんだ・・・」
その目は。
前を向いたまま、私を見ることはなかった。
両脇を、華に彩られた路を花嫁が歩く。
厳かな雰囲気と用意されたシュチェーションに、目頭が熱くなる。
さらり、さらり、と薄いベールが揺れて、彼女は一歩一歩、緋色路を歩く。
それを先導する長身の男も、何時に無く嬉しそうで。
それでいてどこか、複雑そうな表情をしている。
やがて、彼女は夫と為る彼の元へとたどり着き、そっと掌は彼へと託された。
涙が、止まらない。
幸せそうに微笑む、二人。
ソレを祝福する、集まった人々。
「ああ、泣き虫だな、アリスは・・・」
「・・・キミが、言うな。・・・キミが、泣かんから、かわりに泣いとるんや」
フラワーシャワーを浴びながらブーケトスをしている花嫁を
遠巻きに見つめながら呆れた顔で嘯く火村は、
優しく微笑むとプレスされたハンカチを私に差し出して笑う。
「ふん、たかが、妹、の結婚式だぜ?今更泣くかよ」
なあ、アリス。
そう言って微笑む火村は、目の端が少し赤い。
「・・・言ってろ、あほう・・・」
二人で呑みに行った夜、火村に告白された。
想像もしていなかった展開に本気で夢なのだ、と思ったくらいに唐突に。
一目惚れ、だったんだ。
そうして、夜が明けて目が覚めた隣に眠る君を見て。
初めて、声を上げてアリスは泣いた。
「この後は披露宴か・・・、ちっ、荷が重いなぁ・・・」
「火村・・・、仮にも妹、やろ?そんな事、言ったらあかんよ」
大げさに首を竦めて見せると片眉を上げて私の耳元に顔を寄せ、囁く。
「早く、帰りたい、だろ?」
「っ・・・・、火村!」
耳が弱いとわかっていてするのだ、この男は。
その声に、弱い、とわかって。
思わずあげた大きな声は、歓喜に沸く声にかき消された。
見つめる、君の優しい瞳に、胸の奥が温かく痺れていく。
ああ、帰りたいよ。
キミと暮らす、あの部屋へ。
窓辺には、アザレアの鉢が待っている。
一緒に暮らしはじめる、その日に、キミがくれた愛の花だ。
枯れないように、愛を注ぐから、傍に居て欲しい。
君の言葉に、頷いて、笑った。
育てるのは、得意やから・・・、と。
鮮やかな桃色の花言葉は、“愛される事を知った、喜び”
最後がだいぶ掛け足になってしまってましたね;
いろいろはしょり気味ですが、本編はこれにて完です。
あと続きというかおまけがあります。Author by emi