言葉を紡ぎ、愛を育てる -6-



ほたり、ほたりと雫は落ちる。


意志とは別のところから、とめどなく溢れだしてしまう。


それはいつになっても枯れることがない。

・・・決して枯れたりはしない。



泣くつもりなんて、アリスには毛頭ない。 だけれど、たとえば洗い物をしている時。
たとえば、コーヒーを入れている時。
たとえば、たとえば。


火村のことを、想う時。

それは、ふとした瞬間に。

何がきっかけなのかもわからないほど、
気持ちの奥底からこんこんとわき出す、痛み。

それが、アリスを苛む。


ひとたびその痛みを感じたなら、それが合図となって
涙が、溢れだしてしまう。

意識しようが、しまいが関係なかった。
後から後から、勝手に湧き出ては頬を伝うから。

流れる涙を拭えば瞼が腫れる。
瞼が腫れていれば、泣いていたのだと知れてしまう。
だから、流れ落ちるままに拭わずに泣いた。


声も、出さない。


声を出したら、きっと、何かが壊れてしまうから。
何が、壊れてしまうのか、わからなかったけれど。


不思議なもので、ひとたび店に下りれば、涙は止まる。
何も考えなくとも惰性で身体は動く。
変わりの無い笑顔を見せて、花を愛でていれば一日が過ぎている。


装うことは、不可能では無いのだ。
それでも、どこかやはり無理をしているのは確かで
動けなくなっては困ると半ば義務的に取る食事もだんだんと量が減り、
目に見えて痩せ始めた頃には火村にさえ、憂慮させるほどあったらしい。



「アリス、お前、どうかしたのか?具合でも、悪いのか?」
「そうよ、なんだか顔色もこのところ悪いみたいだし…」


遅めの夕飯を食べながら心配そうに覗きこむ二人に
「大丈夫」そう言って笑ってみたものの
そんな虚勢など見抜けぬ間柄でもなく。
「大丈夫なんかじゃないわ、アリス何かあった?」と
喰い下がる二人を交わすのが精いっぱいだった。

それからは、体調が芳しくないからと言って
なるべく誘いを断ることにした。


…苦渋の選択だったのだけれど
これ以上の追及に、堪えられそうにもなかったから。


誘いを断れば、会わない。
会わなければ、直接顔を合わせることもない。
直接顔を合わせなければ、彼らに知られる事もない。

会いたくない、わけでは無い。
会うと、辛くなる。
会えば暴かれてしまいそうで、隠し通すことすら痛みが伴う。
会いたいけれど、会ってしまえば辛さが増すのだ。


・・・会えなくても、同じ。だけど。


仕事が終わると灯りも点けずに倒れこむようにして瞳を閉じる。

火村が寝ていた定位置のソファに躰を埋め
火村が掛けていた毛布に包まってじっと息を潜める。
彼を感じてしまうことが何より辛い気持ちを運ぶのだ、とわかっているのに

それでも少しでも感じていたいと思うのは何故なのだろうか。

頭では割り切れている事でも、気持ちが其れを裏切る。
そうして、己を締め付けては肺腑を抉っていくのだ。

いつの間にか部屋には彼の匂いが染み付いていて
染み付いたまま、何をしてみても消えることが無い。

だから、辛いのはどこに居ても同じ。



アリスの心もまた、同じ。



だから、これくらい、許して欲しいんだ。

君の香りに包まれていたいから。
君の大きな躰が横になっていたソファで、 君に包まれているような錯覚をしていたい。


その腕に、抱かれているのだと。
その温もりに包まれているのだと。


錯覚くらい。してもいいじゃないか。


なぁ、火村。
そう思うだろう?


「・・・ふっ・・・・・、ぇ・・・」



堪えているはずの声がいつの間にか漏れる。
それを必死で押さえ込みながら、夜は淡々と更けていく。
うつら、うつら、と意識を飛ばしながらまどろんでいると朝が来る。
朝が来て、アリスは花を愛でる。

花を愛でては彼が通り過ぎるのを待つのだ。



次でラストです。

Author by emi