言葉を紡ぎ、愛を育てる -5-



「って、ねぇ!ひどいでしょう?・・・聞いてるの、アリス?」
「・・・聞いてるよ、ユーリ」

コポコポとサイフォンが透明な液を吸い上げては色をつけて落とす。


立ち昇る香りと耳障りのよい音。
それはまるで、魔法みたいに思えてアリスは昔から大好きだった。


おじが慣れた手つきでコーヒーをセットするところから じっと見続けてよく笑われたものだ。


そのおじは今は居ない。

同じ場所でコーヒーを入れるのはアリスで
そんなアリスを見つめているのは・・・
あの日、華のような微笑みを私に向けた彼女だ。

聞いている、とは答えながらも心はどこかここにあらずの私に
気が付いていながらも、それ以上は追及してこない
彼女の優しさに、ほんの少しだけ、救われる。


一滴一滴ゆっくりと落ちてたまっていく濃い色を
じっと見つめたままアリスは物思いにふけっていた。




あっけないくらい簡単に私と火村は友人になった。

私が英都の卒業生で図書館に良く来るのだという話をしたら
実は火村と私が同級生だということが判明したのだ。


世間なんてほんとに狭いもんだな。


そういって火村は笑っていた。
彼は、社会学部だったそうだ。
もしかしたら、大学時代に出逢っていたのかもなぁ
なんて、戯言を言い合って笑った。

それからというもの、食事に出掛けたり、機会があれば
大学も近いということもあってそのまま私の部屋で飲む事もあった。


友人になりたて、というものはこんなものだったかもしれないな、と思う。

親しくなり、近づいて、暫くは呆れるくらいにいっしょに居る。
そうして、お互いにほどよい距離感を掴んだら
お互いの日常に追われて疎遠になったりするのかもしれない。

ただ、今だけ。
その距離感がうまく掴めていない、今だけは―傍に居たい。


今だけ。

今だけは、と
誰にするでもない言い訳を胸の内で繰り返して彼からの連絡を待つ。


学食のカレーも懐かしいな、なんて言ったら、ランチに誘われて
駅の近くにおいしい店があった、と話したらそこへ行こうと言われた。
週一回の約束も増えて定休日にはアリスの部屋で、 というのが当たり前のことにさえなった。


けれど。それはいつだって・・・3人で、だ。

それでもよかった。

彼に、会えるのなら。
彼と、笑いあえるのなら。


たとえ、二人きりじゃないとしても。
たとえ、君が彼女をどれだけ想っていようとも。

たとえ。


私の胸が、どんなに締められつけようとも。

それでも、よかったのだ。





今日も然り。
駅前に出来たカフェ新作のケーキとやらを持ったユーリが先に来て
火村は授業が終わり次第顔を出すといっていた。
アリスの店は、定休日。


「だから、火村も仕事なんやし、仕方ないと思うよ?」
「・・・もう、アリスは絶対ヒデの味方なんだから!」


ふん、と言って拗ねてみせる彼女は髪がだいぶ伸びた。
何の気なしに「伸ばしているのか」と聞いたら 式までに結い上げられるくらいに伸ばすのだ、と
それは嬉しそうに笑って言った。


だって式は夏にするのよ?休みに入るからだとかって変な理由よね。
下ろしていたら、暑いじゃない?


そうだね、と言って私も笑った。



きっと彼女に白いドレスはよく似合うだろう。


大阪に勤め先がある彼女のために彼らの住まいは夕陽丘にしたのだそうだ。

アルコールが入ると、とたんに腰の重くなる火村は
夕陽丘から大学に出勤するよりも
花屋の2階から通った方が楽だ、と言っては泊まっていく。

だからアリスの部屋には、着替え用のシャツとタイが増えていった。


頻繁にうちにくるのを気遣ってか、たまにはうちにくれば、と 彼女が誘ってくれたことがある。


その誘いは・・・丁重にお断りした。
だって、そうだろう。


どんな顔をして二人が住んでいる部屋に行けばいいのか分からない。


どこを見てもきっと見たくないモノが溢れているから。
どんな顔をして何を思ってそこに居ればいいのか、わからない。


否。

きっと、わかってしまう。

私が、どんな想いを抱えているのかが、
彼らに伝わってしまう。

なぜなら、彼らの想いの深さを目の当たりにしながら
平静でいられる自信がないから。

だから、私は心に蓋を、した。


彼らの「想い」に触れる話を極力聞かない様に。

私の「想い」に触れない様に。


蓋をし続けた。


そんな思惑とは裏腹に、いっしょに居る時間が長くなり
ともに過ごす日が増えていって。

距離はだんだんと近くなっていく。


近くなればなるほど、火村の事を知ってしまう。
一緒にいれば居る程、二人がどれだけ想い合っているかを知ってしまう。


それが、どんなに辛いか、分かっているのに。
アリスは誘いを断ることがどうしてもできなかった。


辛いと、分かっているのに。



それでも。


火村と一緒にいたい、と思ってしまう。

火村と共に過ごしたいと、願ってしまう。




そしてこの夏、結婚するのだ、と彼女から聞いた。


ああ、おめでとう、そう言って祝福した。


よかった。
そう、思った。



・・・聞いたのが、火村からでなくて、本当によかった。

火村の口から告げられていたら、ちゃんと “オメデトウ”と言って笑えたとは思えないから。



「アリス・・・・?どうしたの、大丈夫?」
「え、あ、ああ。大丈夫・・・。火村、遅いね」

そうよね、先、食べちゃう?といいながら彼女はケーキを切り分ける。
綺麗にデコレートされピンクの花があしらわれてなんとも可愛らしい。

クリームで形作られたソレはきっと酷く甘い。
白い箱に蒼いリボン。



いつかの花束みたいや・・・。


思い出した言葉に、きり、と胸が痛む。



私が持つブーケには蒼いカーネーションをあしらってね。
彼女はアリスにそう頼んだ。


花嫁が身につける花達はアリスが用意することになったから。
蒼いカーネーションの花言葉は、永遠の幸福。


蒼いものを身に着けていると幸せになれるとも言うじゃない?
微笑む彼女は本当に幸せそうだった。


知っているよ。
淡い桃色のカーネーション。
花言葉は、熱愛。


花弁の多いあの花達は、愛を囁くためにあるのだから。

最後の一滴が、ほたり、と落ちる。

それに合わせたようにタイミングよく火村が上がってくる足音が聞こえた。
もっとも熱い愛を持った男が階段を上がってくる音だ。


大丈夫。
大丈夫だ。


「おかえり、火村」
「ああ、ただいま」


ほら、まだ、笑える。


続きます。

Author by emi