花とコトバ
物語の中の曼珠紗華

黙して語らず何か含みがあるやに佇む美女のような…と思うのは、毒草というイメージからでしょうか。
その紅-くれない-は、物語の印象的な場面に強い色を残しています。


■雨森零 『首飾り』より


れい、あれと言って指さしたところには曼珠紗華が咲いていた。

水辺の柳の下に咲いた曼珠紗華は目のさめるような紅(くれない)の花を天に向けて差し伸べていた。湖に映ってその濁った水を紅に染めていた。








そこに手を浸せば手は真っ赤に濡れてしまうように思われた。柳がまるで曼珠紗華をかばうかのように枝をその周りに広げていた。


『首飾り』 雨森零/河出書房新社
ある過疎地の小さな集落で、3人だけの子供。秋(しゅう)とれい、そしてたったひとりの女の子であるなな。
むせるような自然に閉じ込められた、幼年期から思春期にかけての奇妙な三角関係の物語。

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■神坂智子 『べんがら格子の家』 〜君くれなゐに〜より


「どちらもいらぬと いうたそうじゃな

いらぬと言われたこの身は 
           どこへ捨てればいい」

    「やめろお蕾・・・危ないじゃろ 刀を放せ」

 「ウソつき ウソつき」


――明治初期、岡山の名家に生まれたお蕾(つぼみと書いてライと読む)と幼なじみの菅太郎。お蕾はトンガラシとあだ名されるほどの気の強い美しい娘だった。

お蕾の父に結婚の申し込みを断られ、諦める条件に出された学資援助を断った菅太郎に、お蕾が詰め寄る。お蕾の振り回した日本刀は曼珠紗華の花首をザンザン切り落とし、緊迫した二人が抱き合う印象的な場面。

越えられない障害によってすれ違ってゆくふたりの心に、この曼珠紗華の紅-くれない-は生涯残り続けた。



――家を捨てて東京へ菅太郎を追ったお蕾は、日本初の看護婦として自立してゆく。
そんなお蕾へ、留学する菅太郎が残す手紙。

”あの日の 赤い曼珠紗華・・・
 君 紅いの唇を 
 僕はまとめて故国に置いて 出発します
 お許しください お許しください
             ―菅太郎 ”

――数年後、結局二人は別々の人生を歩む。
菅太郎が労働者運動の咎で獄中にあるとき、お蕾がムリを押して彼に送った手紙。

”忘るまい くれないに燃ゆる 田ンぼの畦の曼珠紗華
 茅の原を素足で走り
 彼岸の天をもあかく染めても
 蕾 その志 誉れにも思う ”


このお蕾からの手紙は、身の危険を顧みず政府へ労働者の権利や戦争反対を訴える菅太郎の運動を「誉れに思う」とも言うもので、獄中で孤独な彼の大きな支えになったのは確かだろう。

お互いがお互いを励みに人生を高みへと歩ませてゆく二人。でもその事が却って二人をすれ違い、離れさせてゆく原因にもなっている。
障害は一見父親だけのようだが、お蕾の魅力でもある行動力・向上心といったものが、菅太郎には重いプレッシャーでもあったようだ。

お蕾の恋は、どうにかならなかったのかとくやしくて仕方が無いのだが、めげない彼女の強靭な精神と行動力はたまらなく魅力的でもあった。

『べんがら格子の家』神坂智子/小学館(PFコミックス)
江戸末期・大正〜昭和初期と、岡山の名家・柾木家の人々の去来を描くシリーズ。「君くれなゐに」はシリーズ2作目。日本近代史としても読めて非常に面白い。


こうしてみると、赤というより「くれない」と言うのが似合う花のようです。
残念ながら、白い曼珠紗華の話は知りません。なにかあったら教えてください。





撮影 2002/9月

オマケの白


彼岸花に白があったと
初めて知りました。

裏の畑のすみに
ひっそり咲いていました。
撮影 2002/9月

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