-花とコトバ-
この世界がきみのために存在すると思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。

世界ときみは、二本の木が並んで立つように、どちらも寄りかかることなく、それぞれまっすぐに立っている。
きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。それを喜んでいる。世界のほうはあまりきみのことを考えていないかもしれない。
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でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも、一つの世界がある。きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。 |
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
たとえば、星をみるとかして。
二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのはずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。 星を正しく見るのはむずかしいが、上手になればそれだけの効果があるだろう。 星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。 |
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『スティル・ライフ』池澤夏樹中央公論社 |
| 初めて読んだのは高校生くらいの頃で、内容は全く覚えていないのだけれどこの冒頭部分が鮮烈だった。(上記はそのままの写し。) べつに世界が自分の為にあると思っていたわけではないけれど、 自分の事しか考えていなかった時期でもあり、そろそろ外界とも折り合いをつけなきゃならない時期だったからかもしれない。 いまでも、なんとかしてこのように、二つの世界の調和をはかり心の力をよけいな事に使わず、水の味がわかりたいなあと思っている。 |