ほんなら・・・ ほんでも・・・ 16回目 『樹村みのり』さん。・・・X ・・・・・2004年 9月 19日・・・・・ |
樹村みのりさんを書き始めて一回目、早くも嫁はんから「誰も読まんわ」と言われ、その後、回を重ねる毎に言われ続けていました。 でもまぁ、五回目にもなってしまうと「この、おっさん アカンわ」って事で、言う気力も失せたのか?言っても仕方ないと諦めたのか? 当のおっさんからすると、かって読んだ時よりも真面目に読む羽目におちいり、実のところはトホホ状態と「やっぱぁ〜樹村みのりは おもろいやんけ!」の気分が均衡対立してまんねんわ。 |
『菜の花畑の むこうとこちら』 樹村みのり 著 ブロンズ社 1980年3月25日 初版発行 |
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第二回目(『菜の花』)と第一回目(『菜の花畑のこちら側』@AB)に載せた作品に、三作品を加えて一冊の単行本にしていますので、これらを除いた作品を。 『菜の花畑のむこうとこちら』 (1977年 別冊少女コミック3月号 掲載) 今回は菜の花畑をはさんだ水谷さん宅に下宿する男子学生四人組(海・諸・里美・キタカマクラ)と、まぁちゃん家の女子大生四人組(モトコ・スガ・森・ネコ)が、海辺で『集団デート』(今で言えば”合コン”ですか?)するに至るまでの各々の悲喜こもごも話。 通学バスで、男子学生四人組が観察する女子大生四人組の性格描写は面白く笑えます。 水谷さん宅でお手伝いさんをしている岩子さんと、まぁちゃん家の冬子叔母さんとは、女学校以来の付合いで、どちらかと言えば水と油の関係だったけれど、卒業してしばらくしたら『もう二度と顔なんか見たくもないと思っていた相手が 一番なつかしい人になっていた』と気付き、今じゃ、一緒に小料理屋さんで『「若い時は事由でいて心が不自由でね つらかったねぇ」「だけど年取ると、心が自由になっても ほかは不自由になるし さて、どっちがよかったのかしらね」』なんて、お互い好きな事を言う会話を交わしながら熱燗を交わす間柄。 この二人が今回の話の要役です。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『菜の花畑は夜もすがら』(1977年 別冊少女コミック10月号 掲載) まぁちゃんが幼稚園の帰り、お友だちの陽子ちゃん家に寄った。 陽子ちゃん家の夕食は、いつも賑やかなまぁちゃん家と違い、お母さんと二人だけなのでその静かさに驚いた。 食事が終って少ししたら、男の人が「ただいま〜」って部屋に入って来た。 「あの人 だぁれ?陽子ちゃん」「陽子ちゃんのお父さん」 仲良く話しているお父さんとお母さんが見える。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 まぁちゃん家の女四人組と、水谷さん宅の男四人組が、それぞれ相手を決めて個別に会って遊ぼうとしたけれど、結局、みんなで公園のボートになってしまう。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 岩子さんが水谷さんを連れて、まぁちゃん家やって来た。 水谷さんは学生の時、春代お母さんに一目ぼれしてせっせせっせと球を投げたけれど、現在の若者と違い、女の子に気安く声をかけてくる男は不良だ!不純だ!不潔だ!と思っていた春代さんだった。 傷心したまま水谷さんは留学し、ようやく、春代さんが「あの投げられてきた球は、好きだったから」と分かったのは遅く、数年後、帰国した水谷さんが見たものは、春代さんに甘えるまぁちゃんだった。 でも、水谷さんは今も春代さんが好きだし、春代さんも水谷さんを見ると顔が赤らむ。 その頃の事を思い出し、女四人組を前にして春代さんはポッリ一言。 『なぜか人は 恋のかんじんな点は その人に確かめることをしないものね』 お友だちのこうちゃん家に行った時、こうちゃんのお父さんがいた。 たんぽぽ組のお友だちにも、みんな、お家にお父さんがいる。 どうしてまぁちゃんのお家にはいないのか? こうちゃんのおかあさんに聞いてみたら、戸惑いながらも「まぁちゃん家には冬子叔母ちゃんがいる」って・・・・。 まぁちゃんは「そうかなぁ〜」 納得出来ない。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 森ちゃんとキタカマクラくん。 浜辺で逢瀬。 「砂は石だった」で二人、気が合う。 諸くん、スガスちゃんと逢瀬の約束をしていた当日は朝から心浮き浮き。 でも「スガちゃんは、前夜の徹夜レポート作成で約束を忘れていて、起きたのは夕方四時だった。その後、夕食を喰べたら外は暗いので、また眠た」と森ちゃんから翌日聞く。 ネコちゃんと里美くん。 ドライブがあまり好きじゃないネコちゃんは、まぁちゃんと女友達二人を連れてきた。 ネコちゃんは車中で居眠り、他の三人のやかましい事。 里美くん、グッタリ疲れてご帰還。 モトコさんと海くん。 前日、口喧嘩したので「謝るまで、付き合わない」とモトコさんは言うものの、かかって来る電話が気になって仕方がない。 海くんからようやくかかった電話に出ると、見事に豹変し「謝らないでもいいのに、私だって反省していた・・・」 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 まぁちゃんが春代お母さんに「どうしてお父さんがお家にいないの?」と聞いた。 お母さんは「肩車は出来るし、冬子叔母ちゃんは煙草の煙で輪を作れるので必要ないからじゃない」ってはぐらかしたが、まぁちゃんは妙に納得したような・・・。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 諸くんが、スガちゃんと逢瀬の約束をしていた場所に、ネコちゃんが来た。 「スガちゃんは来れないので、代わりに行ってあげてって頼まれた」 諸くん、その時ガッカリしたものの、話す間に二人は結構気が合う。 里美くんがため息をついている所に、スガちゃんが・・・。 片思い同士の二人は話をしていて、里美くんはネコちゃんよりもスガちゃんに、スガちゃんは諸くんよりも里美ちゃんにひかれる。。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 『おばちゃんとお母さんがね ある時かわいい女の子がほしいな〜って思ったの そうしたら家のまえの菜の花畑から まぁちゃんがこんにちわって言って おうちにやって来てくれたの それからまぁちゃんは おばちゃんにも お母さんにも と〜てもたいせつなおうちの子になったのよ』 お母さんの話に、まぁちゃんはとても喜んだ。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 意を決した里美くんが、諸くんに「スガちゃんと会った」と言い、諸くんも「ネコちゃんと映画を見た」と言う。 幸せな照れ笑いの二人。 。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。 岩子さんの提案で、男四人組と水谷さんは女四人組を誘って、月夜の丘の上の公園に行く事に決めた。 冬子叔母ちゃんが「まぁちゃんは私が寝かしつけるので、貴女も行ってらっしゃい」と春代さんにも勧めた。 まぁちゃんは寝床で冬子叔母ちゃんに「こんにちわって、このおうちに来てよかった」そう言いながら満足そうに眠りに入った。 月灯りの公園では、五組のカップルが楽しげに語り合う。 登場人物を通して、人と人との出会いと繋がり方を単純に描いているもので、これはこれで良いとして・・・。 まぁちゃんの”お父さん”の対比として、これまでには『菜の花畑のこちら側』Aで登場するたけちゃんの父親、そして今回は二家族の父親を描きつつも、ついぞ樹村みのりさんは”まぁちゃんのお父さん”を何も描かない。 菜の花畑からやって来たまぁちゃんならば、菜の花畑に色々な”男”がいて、その中に”まぁちゃんのお父さん”がいても良いはずなのに・・。 お母さんが、それを知った時は遅すぎた初恋の男としての設定で、水谷さんを登場させる。 しかも、二人を現在においても精神的な恋愛感情を持つ関係で描くものの、お母さんは水谷さんにまぁちゃんの”お父さん”を視ないし、まぁちゃんも水谷さんに”お父さん”を視ない。 もちろん、水谷さんも。 ごくごく単純に考えれば、 春代さんはいなくなった旦那(=まぁちゃんの”お父さん)に義理立てし続けているので「汝、視姦するなかれ」を破れても、和姦への道への気はない。 (うっ! 書き過ぎた! ”夫婦和合への道”の方が、樹村みのりさんの作品向きでんな) でも、これじゃ、”お父さん”が出て来ない理由にはならないな。 ほんなら、春代さんに旦那はいないかった説。 春代さんと冬子叔母さんが『かわいい女の子がほしいなーって思った』ので、菜の花畑から両親が分からない養女(里子)をいただいた。 これか! これなら、書けないものを描かなくて済む。 ”菜の花畑は夜もすがら” 夜もすがら=夜の初めから終わりまで、ずっと。 菜の花畑のこちら側でもなく、むこうでもない、夜。 お天道様がこうこうと陽をさし、全てのものが白日の下に曝け出される昼日向に対する夜。 雑念邪念が遠のき、夢や希望の世界を思考する場としての夜。 しかし、夜は必ず夜明けが来る。 ”菜の花畑”で戯れる年齢はそれほど長くはない。 1975年初めに『菜の花畑』、年末に『菜の花畑のこちら側』。 1977年春に『菜の花畑のむこうとこちら』、秋に『菜の花畑は夜もすがら』と描き続け、”菜の花畑”は虚構だと識りながらあえて明るく描く樹村みのりさんは、もう一つの父親説(えぇ〜、荒唐無稽説でしょうが)とも言えそうな、”菜の花畑”が虚構の世界である以上、想像の産物をと言う事で、まぁちゃんはお母さん(=聖母マリア)の処女受胎で生まれたとすれば、父親は”神”(でも、これじゃまぁちゃん=キリストさんになっちゃうし、菜の花は純血を示す百合の花でないと変か)を匂わすような、キリストさんの誕生日を設定日付けにした『菜の花畑は満員御礼』で菜の花畑モノを終える。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『菜の花畑は満員御礼』(1977年 別冊少女コミック12月号 掲載) 幼稚園の終業式当日(十二月二十四日)の帰路、まぁちゃんを見つけたスガちゃんと森ちゃんがちょっかいをかけるのだが、元気なさそう。 「約束している奴が、時間に遅れているらしい」と言う、道に迷った恰幅がよく髭を生やした小父さんがいた。 「ここら辺には、水谷さんとうちしかないよ」 「水谷?なつかしいので見に行くか」 三人は水谷さん家に小父さんを連れて行った。 海くんと諸くんは、それぞれモトコさん、ねこちゃんの買い物に付き合っているので留守。 語学のお勉強に出かける岩子さんが、里美くんとキタカマクラくんに料理の材料を示して家を出ようとした時、小父さんが来た。 岩子さんの「水谷は午後でないと帰って来ないので家で待っていたら」との言葉に甘えた小父さんに、里美くんとキタカマクラくんは付き合う事になった。 熱もないのに元気がないまぁちゃんは、お母さんの許しを得てお外へ遊びに行った。 冬子叔母さんが「クリスマス・イブだから何かしてあげたい」そう言うと、スガちゃんと森ちゃんが「今夜の学生寮のパーティーにまぁちゃんを連れて行きましょうか?」 里美くんとキタカマクラくん相手に、小父さんが岩子さんの事を話す。 「二十歳の時、家が破産してしばらく会わなかったが、昔のまま綺麗で愛しい」 「初めて歩いた日。 買ってもらえず欲しい物の前でため息をついた日。 友だちをかばったり、恋の為に一睡も出来なかった夜も知っている。 終戦日の夏の暑い日差しの中、大切に仕舞っておいたワンピース着て、街の通りを歩きたいと思い、ずんずん歩いた”岩子さんの青春の季節(とき)”はとりわけ忘れられない」 さらに、里美くんとキタカマクラくんには、単に今の岩子さんでしかないが、自分にとっては『今見ても昔からずーとのすべて であるわけだ これが愛しいことでなくてなんであろう』 帰宅して来た水谷さんが横で聞いていて、春代さんへの思いを「そうです。僕にとって、ずーと美しい女なのです」」と小父さんに・・・。 気分良くなった小父さんは、お酒を催促して・・・・。 *****(ここらから、少しアクセルを踏みます)****** イブで賑わい、ざわつく街中。 そこでの、まぁちゃんの雑踏の中の孤独・不安感の描写。 酔った小父さんが「春代さんとはどうなった」と聞くと「彼女には子供がいたが、結婚したのかどうかは判らない。今は独り身・・・」だと水谷さんが言えば、小父さんは『好きも きらいも たかだか この世のことじゃないかね』 小父さんは、ちょっと様子を見にまぁちゃん宅に行った。 食卓を囲んで、小父さんはアルコールを催促し、まぁちゃん達は昼食を食べようとするが、まぁちゃんは食欲がなく「小さい子も死ぬの?」と聞く。 「いつかいなくなるのは、寂しい」と言うまぁちゃんに、森ちゃんは言葉を失い、まぁちゃんを抱きしめ、部屋から出て行く。 「小さい子だからすぐに忘れる」とスガちゃんが言い森ちゃんは納得するが、小父さんはにこやかな顔で『忘れなかったら 忘れなくてもいいじゃないか』 スガちゃんは笑顔で首肯するが、森ちゃんは「あんな事には、答えられない」 「あんたは、ちゃんと 答えたよ」と小父さんのキッパリ発言。 それぞれお土産のケーキーを持って、海くんと諸くん、遅れて岩子さんが帰宅。 「知り合いの小父さんはお向かいさんに居る」と水谷さんが言えば、岩子さんは小父さんを知り合いではなく「水谷さんの知り合いだと思っていた」 里美くんにスガちゃんから電話が入り、「お姉さんに子供が生まれた」 気の早い里美くんは「僕、女の子の叔父さんだ」と喜ぶ。 スガちゃんと森ちゃんが、まぁちゃんを連れて学生寮のパーティーに。 岩子さんはお向かいさんに。 男四人組と水谷さんが食事の用意をしながら「あの、小父さんは誰?」 炬燵を囲んで岩子さん、冬子叔母さん、春代お母さん、そして良い気持ちで酔っ払っている小父さんの所に、妹の秋子さんが旦那の清さんと子供を連れてやって来た。 水谷さんの親戚と思われている小父さんが「三人のうちで結婚したのは秋子さんだけだね」と言えば、秋子さん上の二人の好例が有ったので、その徹を踏むまいと思ったときに今の旦那が近くにいた」から・・・。 *****(ここらから、更にアクセルを踏み込みます)****** まぁちゃん達が学生寮にやって来た。 (何故か、予算の関係で二箇所にしか設置出来ない痴漢防止用トタン板の話が挿入されている) 水谷さんは料理を失敗し、男四人組は「たまには、かまわんじゃん」と軽く言ったのに『すべて たかだか この世のことです ならばよくあるように せいいっぱい やってみるのも悪くないことです」 彼は意を決して、四人組にはお向さんに参加するように言い、自分は春代さんを招待すると言った。 学生寮ではドン茶騒ぎの中でまぁちゃんは元気になり・・・・ 画家の水谷さんは今年書いた一番のお気に入りの絵を、春代さんは刺し子の小物をそれぞれ贈り物交換し・・・ 森ちゃんの膝の上で眠るまぁちゃんは、菜の花畑のこちら側のお家で、ご機嫌に酔っ払っているおじさんをトナカイさん達が「もう、時間やでぇ」と呼びに来ている夢を見ていた。 ”菜の花畑シリーズ”について書けば、 具体的にどのようにして喰って行くのかを抜いて、樹村みのりさんが考える”菜の花畑”は、イスラエルの完全な自由思想に基づいた社会主義の実験台と言われる”キブツ”や、日本では武者小路実篤の”新しき村”や、ある種の生活共同体などがちょっぴり浮かんで来る内容。 とは言うものの『ユートピア』(トマス・モア著・岩波文庫)を紐解くまでもなく、共存共栄の精神でもって理想郷・理想社会を作り維持するなんて夢の世界のお話で、実際、”ユートピア”自体がラテン語で”何処にもない処”を意味する造語。 『菜の花畑のこちら側』で四人の女性を共同生活者に加えた集団を描き、『菜の花畑のむこうとこちら』で更に別の集団を設定させ、両集団の共存を描き、『菜の花畑は夜もすがら』では・・・と流れを捉えていくと 『菜の花畑は満員御礼』では、個人の結びつきを描くことに力点が移行して行くように視える。 その意味で、笑いと涙を絶妙に均衡させ、人情の機微をもとに人と人との在り方をそれとなく説く・・・・って書いても、まぁ大げさではない作品集。 まったくの余談です。 新島淳良さんが早稲田大学教授を辞めて1973年にヤマギシ会に入会し、78年に脱会した事と、”菜の花畑”を少しだが重ねて見てしまう。 (新島さんは、後の93年に再入会し、2002年1月死去。 彼の著作は『阿Qのユートピア・・・あるコミュ−ンの暦』晶文社刊 『さらばコミューン・・・ある愛の記録』現代書林刊 しか眼を通していない) |
『海辺のカイン』 樹村みのり 著 講談社 1981年5月15日 初版発行 |
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月刊誌 mimi の1980年6月号から5ヵ月連載作品って事は、漫画として中編になるのか長編になるのか知らないけれど、樹村みのりさんにしてはこれまでの作品よりも長い。 ”カイン”伝説が冒頭に。 アダムとイヴの間に生まれた二人の息子、人類初の殺人者になる兄カインは土を耕す者として生き、殺された弟アベルは羊を飼う者として暮らしていたところから、カインは収穫した物を捧げたのだが、アベルの捧げ物(仔羊)には目をやったが、カインのはお気に入りの物じゃなかったので見もしなかった。 だもんだで、カインは怒ったんやけど、それに対して神は「正しいと思うねんやったら、顔 上げんかい!!怒っとるんやったら静めんかい!せやないと、お前さんは悪の道に行きまっせ」 「よっしゃぁ〜」(?)とばかりにカインはアベルを野に連れ出して殺した。 そんなもんだで、カインは神から去ってこの土地を離れ、『エデンの東、ノドの地に住んだ』 T「海に来た少女」 昨年、卒業し一人暮らしを始めようと下宿先を捜しに来た森展子は、海を見たくなり、浜辺で時を過ごした。 公園で咽喉を潤し足を洗おうと蛇口を回してみたが壊れていた。 見ていた佐野が声をかけた。 「すぐそこだから、よければ家のを使いなさい」 先月引っ越して来た、女の子の服装デザイナー佐野は、帰宅途中に買ったケーキをすすめた。 佐野がデッサン帳を見せ、森は佐野が特に気に入っているのばかりを選んだ。 雑誌を取り出し、今人気があって評判の大谷がデザインする可愛い女の子服のページを見せたが、森は好まず「あんまり女の子女の子した子供ではなかったので、可愛い女の子の服は苦手です」それに「今だって、こんな格好です」 男の子ぽいラフなオーバーオール姿の森だった。。 都内百貨店催し物会場招待券を見せ、森に「行く?」「貴女のも出品される?」「少し」「ほんじゃ、まぁ、行きます」 外はもう暗かった。 私が階段を下り切るまで、扉の灯りがとどくように扉を開けたまま、玄関で佐野は見送った、と森は思った。 百貨店催し物会場で、佐野は大谷の周りに集まる人の多さを見て落ち込むが、森が佐野のデザインした通学服を「とてもセンスが良い」と褒め、気を取り直した。 二人は会場を後にし、二人が住む海辺の町に向かった。 電車の中で森が話す。 「スカートがうまくはけない。はくと苦しい。子供の頃や制服としての時はまだ出来ていた。けれど・・・だから今の服装もこんな服装・・・」 佐野は「貴女らしくて似合う」と言うが「嫌いではないが、スカートがはけないことを誤魔化しているみたいで罪悪感がある。自分の中に女はスカートをはくものだと言う考えが強くあるらしい。でも、服装はその人の好みで着てそれが負担にならないのが本当だと思う。そう解っていても、いざスカートをはいてみると自分が自分でなくなり苦しくなる。ジーパンに戻るとほっとする。だけど好みの姿になりながら気軽にスカートをはけなかった事が残り傷つく」 「一種の慣れで、着慣れないものに対する抵抗と、似合わないと思う心配の怖れじゃないの?」佐野はよく解らない事だと言いながらも言う。 森が「初めの一歩で挫折したので乗り越えが上手く行かない」と言えば「もう一つの乗り越える方法に、好きな男の為にスカートをはきたいと思う事」と佐野が言った。 森は「それはいい」と笑ったが、佐野はその笑いが良く理解できなかった。 いつの間にか雨が降り出していた。 ふと見せた佐野の顔を見て、「時々、物凄く心細そうな顔をしますね」と言った。 「また、家に行っても良いですか?」「いつでも、どうぞ」 ********************************* (こんな風に、一章を結構細かく書いているとなかなか進まないので、”粗筋”に徹しますわ) 昨年卒業し、男っぽい格好をした娘さんが、ようやく自分のデザインした子供服が売れ出してきた独り住まいをする年上の女と、海辺のある町で知り合った。 お互い、感性は似ていると思えたので、気が合った。 娘は「子供の頃に、縛りがかかったスカートをはくと苦しくなる」と言う。 女は「慣れだと思う。もう一つの方法は、好きな男の為にはきたいと思う事だ」と言った。 娘は「それはいい」と言い、その言葉に女は心に引っ掛かるものがあった。 娘は「また会いたい」と言った。 女は「いつでも」と答えた。 (これで、四分の一ぐらいかなぁ〜?) ********************************* U「年上の女性」 時折遊びに行くようになった森は「この仕事を子供の時からしたかったのか?」と聞くと、佐野は「両親を早く亡くしたので、親類に預けられた。早く自活したくて高校の時に決めた」 聞いた森は「エライ」と言う。 森が都内の深夜喫茶で唄うところに佐野が来た。 「職業にしないの?」 先を心配する佐野に、気ままな暮らしをおくっているように見える森は「平気です」 遅くなったその日、森は佐野の家で泊まる事になった。 佐野は、Tシャツ姿の森の胸を見て「綺麗な胸をしている。女らしい身体をしている」と褒め、「羨ましい」と言ったが、恥ずかしそうに「だから嫌なんです」と言いながら胸を隠す森。 森は大した理由がなくても、たびたび佐野に会いに来た。 佐野は大谷を念頭において「何処の世界にでも有るのだろうけれど、運の良い者とそうでない者とがいる」と言えば、森は「そんな考え方は嫌いだ。貴女は不運ではない。不運なら私が守ってあげる」 家の裏に広がる浜辺で二人が話す。 「神がカインの捧げ物を無視した理由は聖書に書かれていない」 「運のように、理不尽な事もあると言う事なのかしら?」 「カインがアベルを殺したのは良くないけれど、怒るのはやむを得ないと思う」けれども『他人にぜんぶをあずけなくては生きてゆけない人間の赤ちゃんにとって いちばん最初に出会う母親は神さまみたいなものです』 家でパーティーを開いた佐野は気楽に森を誘った。 佐野に気が有る男がいた。 森が指摘すると佐野は少し照れた様子だった。 二人で後片付けをしながら、森が聞くので話す佐野の母親は「ごく普通の母」だと言う。 森は自分の母親を「子供っぽい所があり、親子でなければ付き合うことのない人だった」 後片づけが終わり、行きつけの飲み屋さんに行く。 飲み屋の小母さんが下話をすると佐野が笑い、それを見た森は驚き「こういう話で笑うんですね」と言うと、一瞬考えた佐野は「ある時から平気になるのよね」 場を取り直そうと、大将が海岸の幽霊話を女将にすすめた。 怖がりの佐野は、森に「今夜は泊まって欲しい」とお願いした。 森が「念を信じるか」と聞いた。 「両親が亡くなってから暮らしは大変だったが良いことが続くようになった。だから、あの世で良くなるようにと想っているのだと思う。亡くなった人の念ってそんな風に思う」 佐野がそう言い終えた時、森は大粒の涙を流した。 「生きている時も、亡くなってからも、想ってもらえない」それは「母親が嫌いだった」から「愛されてるはずがない」 子供のようにそう言った。。 泣き顔を見た佐野は「先に死ぬ私が念じてあげる」と約束すると、「お互い先に死んだらそうすると契約しよう」 寝床を作る佐野を森は見ていた。 視線に気付いた佐野が「何?」と聞くと『ふだんなにげなく使えることばなのに ときどき いいにくいことばってあるんだなーって思って』 佐野には意味が分からなかった。 翌朝、ベットに森はいなかった。 佐野が窓から浜辺を見ると、渚に佇み海を見ている森がいた。 ********************************* (Tの様に再度、縮めてみたけど・・・) 早くに両親を亡くし自活を始めた佐野と、深夜喫茶で歌を唄うバイト生活の気ままな森。 佐野の家に泊まる事になり、森のきれいな胸を見て褒めた佐野に森は「だから嫌だ」と言った。 海辺で森がカインの話をする。 「神がカインの捧げ物を無視した理由が書かれていない。彼が怒るのも無理ないと思う」 「人の赤子からすれば、母は神に近い」 気軽に、森を自宅で開くパーティに呼んだ。 パーティーの後、佐野に「どんな母でした?」と森は聞き「普通の母親だった」と聞いた後「私の母は、子供みたいで、親子でなければ付き合わないタイプ」だと言った。 飲み屋で下話に慣れた風の佐野を見て驚いたが、佐野は「有る時期から平気になる」と真面目な顔で言った。 女将のお化け話が怖くて「泊まって欲しい」と佐野は頼んだ。 「あの世で、残された子供が良くなるようにと想う”念”ってあると思う」 佐野のその言葉に森は泣き出した。 「母を嫌った私が、母に愛されているはずがない。だから、想ってもらえない」 お互いが先に死ぬと「良い事が起るように念じる」約束をした。 森はこれまで閉ざしていた心を開き、想いの言葉を素直に伝えたかったが出来ない自分を見る。。 翌朝、渚で佇む森を佐野は窓から見た。 (これで、三分の一ぐらいか?) ********************************* V「カインの記憶」 森は、駅前の喫茶店二階窓側の席でいつも佐野を待つ。 駅から出てくる人ごみの中、いつだって緊張し不安そうな面持ちの佐野を見違える事はない。 森の奢りで食事をした後、佐野の家で葡萄酒を飲む事にした 二人で乾杯した後の一刻、折り紙で遊び喜ぶ佐野を見て、一緒に居る楽しさを森は喜ぶ。 森に佐野への信頼と親密が生まれだし、身の上話をするようになってきた。 一人で何かをしている時、邪魔をされるのが嫌いな私に姉はよくからかいにきたので姉妹喧嘩になった。 いつもの姉妹喧嘩をしていた時、姉は母に助けを求めた。 母は姉の味方をし『おまえの顔ときたら まるで***みたいよ イヤな子』と言った。外に飛び出し、庭で泣いた。 姉は、私と事あるごとに***を口にした。 母に言うと、口元で笑いながら姉をたしなめるだけだった。 でも「母が初めに言った言葉である以上、姉を叱るわけにはいかないので苦笑していたのだ」と今は思う。 母がお使いを頼んだ帰り道、転んでしまい、小麦粉の袋が破れて半分以上こぼれた。 母にそう言うと「お前は怒っていたのでムシャクシャしてわざとやぶいたのだろう」そう言った。 びっくりした私は「そんな事はしていない」と言うのに母は「口答えをして」・・・。 家を飛び出し、心細くなり暗くなってから帰ってみると、家は閉じられていたので縁の下に居たのだけれど、姉が見つけてくれたものの母は何も言わなかった。 話し終え、うなだれている森に佐野は「可哀想に、それでは100%満足できないわね」と言うと、森は佐野が自分を良く理解してくれているのだと思った。 ボーイフレンドの有無を問われ「いない」と答えた森が、逆に佐野に問うた。 「結婚しょうと思った人がいたが、結局はふられた。常に私はふられる方で、人から愛されない私かも知れない」 佐野と深く接触を続けるうち、仕事の話を聞いた時など、ぐっと堪えながらも自分の感情に正直な面を見せる。 そんな佐野の飾らない彼女の生き方、価値観を尊敬し好きになっていた。 母がおばさんに私の成績が良いのを褒めていただいた帰路、機嫌よくスカートを買ってあげると言うのに「いらない」と答えた私に、母は「ひねくれた可愛げのない子だね」と言った。 胸がふくらみ出した頃、一番お気に入りだった夏服を着て鏡の前で喜んでいる私を見て母と姉が笑った。 「何故?おかしいの?おかあさん、どこがおかしいの?」 母は胸に両手を当て掴んだ。 「だから今でも、胸を恥ずかしい事のように思わなくてはならないと考えてしまう」 佐野が「それは女性らしくなっていく身体を可愛いと思って笑ったのでは」と言うと「そのように私の事を思うはずがない」「何故」「何故って・・・昔からそう言う女の子ではないと知っているから・・・」 ・・・・・・・・・・・(えぇ〜ここら辺はごちゃごちゃしてまして、 こんな風に書くと、一コマづつ文字化せな あきまへんので、ひらたく書きますと)・・・・・・・ 森はこの”母親による、おっぱい鷲掴み事件”で女性としてすんなり歩んで行くはずが、行けなくなった。 つまり”心に残った傷”ってわけで、性同一性障害ではないけれど、意識は数歩手前ぐらいまでの所に居る気がしている。 「立派な大人はきちんとした服装をするやんか!私は中身がへんてこりんなもんやさかい、外見もおかしいねん。せやけど、ちゃんとした大人になりたいねん」」 普通は母親をモデルケースとして、女稼業を修得して行くのだが、自分が嫌う母親を認める事になりかねないから、母親をモデルとして受け入れ難い。 『自分を嫌う人間を愛するはずはありませんよね』だから、母親から愛されなかったと言う。 ・・・・・・・・(えぇ〜、取りあえずここまで)・・・・・・・・・・・・・ 佐野が「手のかかる子だったのね」と言うと、森は「どんな子供でも、自分が醜く恥ずかしい存在だなんて受け入れられない」と声をあげて言い返し、佐野の驚いた顔を見て落ち着きを取り戻す。 「ある時期までの子供に感情にかられたとしても言ってはいけない言葉がある」と言われ、森は「母親なら子どもを愛して当然なはずだ」 佐野はさらに突き放してみる。 「母親と言っても一人の人間だから、貴女をどうしても愛せなかった」 狼狽した森は苦しげな表情で「愛せなくても、子供にとってのどういう存在かを知ってるべきだと思う。母は子供を自分の私有物だと思っていたから、ひどい言葉を言ったんだ」 佐野は安心し、最後の一撃を加えた。 「ひねくれた可愛げのない子供だからよ」 突かれたくない所を突かれた森は「愛されていたらひねくれなかった」と抵抗を試みたが、「貴女も母を嫌った」と佐野がダメ押し。 身を震わせながら「あの人が母親でなかったら良かったのに、私は彼女を憎む」と言ったとたん、森は気がついた。 佐野が穏やかに「大人じゃなく子供っぽい人だったので、子供は可哀想だと思うけれど、色々な事情によって・・・でも、八つ当たりを子供にするのは二流の母親だったのよ」そう話した。 佐野が言う”二流の母親”に、森は安堵した。 森の中で確かな”母親”が存在する。 「彼女は私の母親で、私は彼女の子供だったんです」 長椅子で『ゆっくり ゆっくり 一呼吸ずつ源に還ってゆくように』森は眠る。 ********************************* (目標 五分の一に短縮) 佐野と会う回数が増え、森は彼女に信頼と親しみを覚え、尊敬し好きになった。 佐野に身上話をするようになり、如何に母親が子供の私を嫌っていたかを語った。 気に入っていた夏服を着た時、母親が笑い、ふくらみ始めた胸を掴んだのが「きちんとした大人になりたい」のにきちんとした服装が着れない原因だ と言う。 そんな母親を、然るべき女性への見本として真似る事は出来ない森だった。 「母親なら無条件で子供を愛すべきはずなのに、彼女はしなかった」と言う森に、佐野は森の本心が読めたと思い「母と言えども人間だから、ひねくれた可愛げのない子供を愛する事が出来ない事もある」と答え、「愛されていたらひねくれない」と言い返す森に「貴女も母を嫌った」と言い切った。 感情が高ぶった森が「母を憎む」と言った時、彼女の中で眠っていた母を肯定する心が目覚めた。 佐野が言い続ける。 「子供には可哀想だが、貴女の母は大人ではなかった。二流の母だった」 私の”母親”を認めてくれた佐野のおかげで、森に平安が訪れる。 (何、やってんだろうね?私は) ********************************* W「イニシェーション 1 (通過儀礼)」 佐野に、森自身が気付いていがら扉を閉じていた「母を前から受け入れていたが、感情的には癒されていなかった」心を開かれた森は、きちんとした大人の女の衣服を買い、それを身につけ、母親に会いに家へ行き、心に正直に「お母さんに会いたくなって来た。スカートをはいている姿を見てもらいたかった」」と言い、母親は展子のその言葉に戸惑いながらも、心中熱いものが流れ「出たきり何の連絡もしない」「痩せたのじゃ?」と心配する言葉をかけ、「泊まっていきなさい」と言った。 同居する姉の子供が使う、前の自分の部屋で横になった森は、暗い部屋の片隅に座っている女の子を見たように思ったのだが、それは自分の”家族”と言う記憶の瑕疵は癒されたと同時に、還って行ける処ではなくなった事を意味した。 以前の服装に戻った展子は、寂しさに取り囲まれ、自分を受け入れてくれる佐野に会いたい思いで度々連絡し、相手の事を考えずに引きずり廻しながら、幸せを感じ、佐野とずっと居りたい、そして、力になれる人になりたいと思った。 佐野に森は「結婚しないの?」と聞くが、佐野は「相手がいないし、第一、人を好きになった事がない欠陥人間」だと言い、森は「すぐに人を好きになる。良い点ばかりを見ている時から、欠点が見えるようになってきても、全部がその人だからと思い、そうなると嫌いになる事が出来なくなる」それを聞いた佐野は驚き「それなら私は三人いるが、兄弟だからやはり人間としておかしい」と。 森が訪れた時「さっき国際電話で東欧の展示会で賞を受けた」と佐野は嬉しそうに森に言い、森は「一番最初に”おめでとう”と言いたいので飲みに行こう」と。 二人はこの前の飲み屋に出かけ、大好きな佐野の受賞と言う事で森ははしゃぎ、佐野は飲み屋の大将に『佐野さんはあんたに滅多にないくらいやさしいじゃないの 男のおじさんにはいつもじゅうぶんつれないのに』と言われ、それを聞いた森は明るく『わぁ おじさんだめですよ この人 わたしの好きな人なんですから』『ほんとうに わたしの大好きな人なんですから おじさん取っちゃだめです」 この言葉に飲み屋の大将は驚いた表情を見せた。 機嫌よく飲みすぎた森は嘔吐し、佐野に介抱されて飲み屋を後にした。 家に戻った森はほぼ正気に返り「酔ってしまい、迷惑をかけて恥ずかしい」 そう言われた佐野は「私は嬉しかったし、たまにはいいじゃないの。でも、おじさんは吃驚していた」 「おかしいですよね こういうのって でも、わたし あなたのこと・・」森は、否定し得ない自分を視る。 膝を抱えて考え込んだ森を見て、佐野が「一緒に寝てあげる」 「でも、おかしいです」と言うものの自信をもって言えない森に『どうやら こういうところを経ないと成長できないみたいだわ あなたも わたしも』と佐野が言い、部屋の電灯を消すが、森は自問する『彼女を好きよね』 ********************************* (惰性で、短縮) 母を受け入れる事が出来るようになった森は、大人の女の服装で身を固め、素直な気持ちで母に会え、それは癒されたと同時に”家族”が還る処がなくなったことを意味した。 寂しさが取り囲んだ森は、たびたび佐野を誘い出し、家に行っき、幸せを感じていた。 森は「すぐに人を好きになる」が、佐野は「人を好きになった事がない欠陥人間」だと言う。 「東欧の展示会で受賞した」と聞いた森のおごりで飲みに行き、二人を見ていた飲み屋のおじさんに「妬けちゃうよ」と言われた森は「わたしの大好きな人だから取っちゃ駄目!」 悪酔いした森は佐野の家で謝りながら、佐野を「好きだ」と言う事が「おかしい」と思いつつも否定できない。 佐野は「寝てあげる」と言い「貴女も私もここを経ないと成長しないみたい」 しかし、森は「変だ」と思いつつも『彼女を好きよね』と自問し、服を脱ぎだす。 ********************************* X「イニシェーション 2 (通過儀礼)」 寝床の中で抱き合いながら森は言う。 「まだ気持ちも打ち明けていないのに、こんなに早く進むなんて・・・。母親代わりに好きではなかったと判った今、引き止めるモノはない」 佐野はこの言葉に狼狽した表情を見せた。 翌朝、佐野は森に対する態度が明らかに引いていた。 海辺で、森は佐野と昨夜のようになった二人の理由の違いに気付く。 佐野は森からの電話に『もう イヤになったわ』と言う。 森は佐野の家に行った。 『あなたのしていたことって ほんとうは』『ずいぶんめいわくだった』と突き放す佐野。。 「私は正常な女だった。女同士でも満足する人かと思っていたが違っていた。単なる好奇心だったのに貴女は違った。だから、もう前のように会わない。イヤになった」 佐野に怒りを覚えたものの、「佐野は悪くない、悪いのは私だ」と思い、「母が私を愛さないから怒っていた」時と同じだと判る森。 「森に怒っているわけじゃない」が、自分は男に追いすがらずに生きていける女だと分かり、受け入れるわけにはいかない佐野。 人を拒絶したままでいる佐野が可哀想だと森は思い会いに行く。 一回り大きくなり平静さを装う森。心中穏やかではない佐野。 森に「そうだ」と言って欲しくて佐野が聞く。 『あのこと あなたも好奇心からだったわよね』 佐野の望みが解っている森は、微かにうなずき涙を流した。 外はもう暗かった。 階段を下り切るまで、扉の灯りがとどくように扉を開けたまま、玄関で佐野が見送っているのを見て、「もどって・・いい・・ですか?」と呟くもう一人の自分を振り切った。 森は海辺の町から引っ越し、二度と還らなかった。 冒頭の”カイン”のお話ですが、確か神がカインのお供え物を無視した事由は、神が親のアダムとイヴに与えた皮の衣を作る時に血が流されたと言う罪に対する償いの為の血に値する物、つまり羊の仔を捧げたのでアベルは「愛い奴じゃ」となり、カインは”自己の力”で収穫した物、つまり神のご加護を抜きにして得た物を捧げる行為は、神からすれば「良からぬ奴じゃ」となるらしい。 何で、カインは土地を離れたのかと言うと、「あんさんは呪われ者じゃ。地上を彷徨い、流離者じゃ」と宣告したらしい。 その後のカインは、彼の地で嫁はんと出会い、餓鬼が出来、新しい町を作り、町の名を餓鬼の名前にしたらしい。 カイン族ってのも・・・。 (間違っていたら、ごめん) カインが森展子。アベルは展子の姉。神は母親。 そう見ると、この『海辺のカイン』は聖書の”カイン”と一見重なるようで重ならない。 カイン(展子)は神(母親)のご希望通りにしなかった以外は・・・。 佐野が抱える諸問題と、展子が抱えた諸問題と組み合わせて進行する物語にさほどの不自然さはないように思うのだけれど・・・(男の私には良ぅ解らん部分が多い)・・・佐野は佐野で一作品として描く事が出来そうな程に重そうな代物だし、森も勿論そう思う。 しかし、森が佐野のおかげで”母”を清算出来、次なる佐野との問題(これ自体、自己内での同質性問題だけれど)を乗り越えるまでに至る描写が必要だったとすれば、佐野の試行錯誤の同性愛もどき性行為描写は必要不可欠か? にしても、「貴女も私もここを経ないと成長しないみたい」に至る動機付けは、それまでに樹村みのりさんが何がしかの伏線を描き入れていたとは言え(さほどの不自然さはない、と書いたものの)読み手の私には「単に、男に振られたからって、人を好きになれないからって、何で そうなるの?」 しかも「好奇心から」と言う理由付けで納得させるなんて、しごくお粗末に思える。 ”敵”を知り、肩を組む為に、乳幼児の発達心理学での古典『母ー子関係の成り立ち』(スピッツ著 同文書院刊)やら、『講座 おんな』(全五巻の内「おんなの性」「結婚すべきか」「おんなと母のあいだ」・筑摩書房刊)なんぞ、かなりの本を手にした時期もあったけれど、性の違いを埋めれるほどのモノを得る事は、野坂昭如さんが唄う「男と女の間には 深くて暗い 川がある」であって、(この歌は普遍化した性差ではないにしても)無理なようだった。 1970年半ば、鎌倉に居た頃、「無料券(ただけん)有るので」と誘われて、横浜での井上陽水さんのコンサートに行った時、「ほんと、女性は良ぃですねぇ。女性に生まれたかった」云々と陽水さんが言っていたけれど、多分に彼は森に感情移入出来ると思う。 それは、陽水さんが内に持つ女性因子の領域でもあり、彼の親父との関係においても・・・・。 その意味では、読み手次第で、森の母子関係での軋轢を、父子関係と置き換える事(「エデンの東」1955年・米国映画・ジェームズ・ディーン主演は父子関係だけれど)も可能で、けっこう入り込めた。 |
17回目も、 『樹村みのり』さん・・・Y です。 |
この車に乗って往き、 ”本”の事でも、 ”わんこ”の事でも、 何でも書いて(掲示板)おくんなはれ。 |
「お手紙は、この”HONDA1300クーペ9”で運びます」 |
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