第27話 ヴァースの誕生


ドロシー・パーカーが彼女のボーイフレンドに「素敵!」と言ったように、
コロンブスが「最高だった。イザベル!」と叫んだように。
アベラールがエロイーズに「どうか手紙を出すことを忘れないで」といったように、
ジュリエットがロミオの耳元で「なぜ、現実に直面しないの?」と叫んだように。

。。。そんなことは、よくあることさ(Just One Of Those Things)。。。


スタンダード「Just One Of Those Things」の冒頭の部分です。

上の4行がヴァース(VERSE)と呼ばれる部分で、言わば曲に入る前の「まえふり」です。そして「そんなことは、よくあることさ」で曲に入る訳ですが、昔、スタンダードの多くにはこのようなヴァースがありました。

元々、スタンダードは、ほとんどがミュージカルなどから来ている訳で、本題(曲)に入る前に、その心境を綴ったものなんですね。

現在はヴァースが省略され、いきなり本題から歌われる事が多く、当然上述の「Just One Of Those Things」のバースも歌われない(語られない)のがほとんどです。

理由は色々とあるかもしれませんが、ミュージカルの一部として歌われていた時は、曲へ入る前の舞台上のセリフの一部としてバースが必要だったのだと思います。

しかしミュージカルから切り離されて演奏される今日では、本題だけでも十分な訳で、また、ヴァースの内容も現代の感覚とかけ離れたものが多く、したがってほとんどが省略されて歌われています。

特に上の4行の詩はちょっと意味が汲み取れませんね。解説書などのアンチョコを見るとなかなか面白い含みがあるようですが、教養のない私には字面を見ても??です。

ただし、ヴァースが生き残っている曲もあり、有名なスタンダード「Stardust」もヴァースがいまだ演奏されています。

ミュージカルで使われた曲ではないのですが、なんと言ってもヴァースのメロディーが美しい!だから生き残ったのですね。なにしろフランク・シナトラはヴァースだけを歌っているバージョンを残しているくらいです。

この曲とて、ヴァースが省略されて演奏される場合も少なくありませんが、やっぱりヴァースあってこその「Stardust」。画竜点睛を欠いちゃいけませんね。

ところで、日本の歌にもヴァースはないのでしょうか?

そこで調べました。ありましたョ!。植木等の「ハイはいそれまでヨ」(1962年)!

♪ハイそれまでヨ♪

青島幸男 作詞/萩原哲晶 作曲


あなただけが 生きがいなの
お願い お願い 捨てないで

テナコト言われて その気になって
三日とあけずに キャバレーへ
金のなる木が あるじゃなし
質屋通いは 序の口で
退職金まで 前借りし
貢いだあげくが
ハイ それまでヨ
フザケヤガッテ フザケヤガッテ
フザケヤガッテ コノヤロー



最初の2行、「〜捨てないで」までがバラードで歌われ、「テナコト〜」から曲が始まるのですが、この2行こそが実は立派な「ヴァース」ではないでしょうか?

でもさすが、元東京都知事の青島幸男さん。センスいいです。私が1票を入れただけの事はある(?)

文: クリフォード・伊藤

ローズマリークルーニー・シングス・ザ・ミュージック・オブ・コールポーター

ローズマリークルーニー・シングス・ザ・ミュージック・オブ・コールポーター
  / ローズマリー・クルーニー (VICJ-23833)

コラムの冒頭に上げた「Just One Of Those Things」が収録されているアルバム。

この曲のヴァースもほとんど歌われることはない。私の知る限りヴァースを歌っているのは、エラ・フィッツジェラルドとこのローズマリー・クルーニーくらい。
そんな訳で、たまにはミュージカルを見ているつもりでヴァースを聴くのもよいかも。


ラブ・イズ・ザ・シング / ナット・キングコール

ラブ・イズ・ザ・シング / ナット・キングコール

「Stardust」と言えば、ナット・キングコール。
ナット・キングコールと言えば「Stardust」。

余計な事は言いますまい。
今宵は「Stardust」をヴァースからごゆるりと。。。

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恋こそはすべて

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