第25話 御長寿でなにより

さて、前々回のコラムで「若い」ミュージシャンの話をしましたので、今回は「お達者」ミュージシャンについてです。

最近はだんだん変わりつつあるようですが、元々、JAZZミュージシャンは長生きしないように出来ています。

ジョン・コルトレーンのビデオなんか見てると「あ〜、JAZZやる人って、命を切り崩しながら演奏してるんだ。」って感じで思いつめたように吹いてますもんね。

特に1940〜50年代にかけて現役だった演奏家は、ドラックが当たり前だった上に、不規則な生活や酒浸りの日々がたたって、尚のこと短命なのでしょう。

そんな中にあっても、80歳以上まで御活躍された方々もおります。ま、長寿国である我々日本人から見ればまだまだの感はありますが、イヌの年齢ならぬ「JAZZメンの年齢」からしてみれば100歳以上に相当するのではないでしょうか?

一例ですが、

アルト・サックスのベニー・カーター(享年95歳)
JAZZバイオリンのステファン・グラッペリ(享年89歳)
歌手のフランク・シナトラ(享年82歳)
ギターのバニー・ケッセル、ピアノのジョン・ルイス、
そしてカウント・ベーシーは享年80歳

しかし、この辺の年齢になると、演奏にそろそろ支障が出始める方もおられます。(否、おられました。)

クラシック界のピアノの巨匠、ウラジミール・ホロビッツは85歳まで長生きしましたが、80歳近くなった時に日本にツアーにきた事があります。チケットにはプレミアが付き、マスコミの間でもかなりの話題になりましたが、結局、前評判倒れで、批評家からは「ヒビの入った骨董品」と言われました。

大瀑布ドラマー、アート・ブレーキーが1986年のマウントフジ・JAZZフェスティバルで来日した時、私は会場に聴きに行きました。しかし、本来バンドをサポートするのがドラマーですが、ステージでは逆に若手のミュージシャンからサポートされているように見えました。

この時はまだ60代後半(享年71歳)だったはずですが、ドラマーは結構動きが激しい上に、特に彼は口を大きくあけたままドラムを叩くので、心臓マヒでも起こしているのでは?と心配しながら見ていた覚えがあります。

逆に、見た目は危なくとも、演奏は現役そのものって方もおられます。

グラッペリは最後の来日公演の際、久米宏(当時)のニュース番組にゲスト出演したことがありますが、正直言ってインタビューを受けている時のグラッペリ爺は、途中でいきなりスタジオを徘徊しそうな勢いがあり、かなりヤバイ雰囲気でした。

しかし、「では一曲演奏して頂きましょう。」と言われ、バイオリンを演奏した途端目に精気が蘇り、別人のようにスィングし出したのです。私はこれは芸術家と言うよりも「職人魂」に近い思いがしましたね。

大工の棟梁が死に、棺桶の蓋を家人が手際悪く釘で打ち付けていると、「下手くそ!」と言って棺桶から起き出したとか。

とんかちの音が職人魂を呼び起こすのと同様、グラッペリがバイオリンを弾いているのではなく、バイオリンの音がグラッペリの演奏家魂を覚醒させて弾かせていたに違いありません。

なんか、グラッペリ・ファンから怒られそうですが、でも演奏自体はすばらしいのですよ。そう、これこそ正に「老練」の極致と言うか。。。

エアラインのパイロットの定年は60歳ですが、その特殊技能の故、嘱託扱いで63歳まで働く事ができます。でも60歳を超えたパイロットは「加齢乗員」と呼ばれるのだそうです。

つまりですね、「高齢乗員」や「初老乗員」では乗客に不安を与えるし、まだまだ飛べると言うパイロットの気持ちもおもんぱかって付けられた名前なんですね。「加齢」乗員。

そんな訳で、(見た目は危なくても)演奏には全く問題のない老ミュージシャンを「加齢演奏家」と呼ぶのはどうでしょうか?

「加齢提琴ジャズ演奏家、ステファヌ・グラッペリ翁、仏蘭西は巴里より来たる!」
なんて明治時代の演奏会みたいで私は好きなんですが。。。

文: クリフォード・伊藤

フラミンゴ / ステファン・グラッペリ&ミッシェル・ペトルチアーニ

フラミンゴ / ステファン・グラッペリ&ミッシェル・ペトルチアーニ(VACR-2002)

ピアノのペトルチアーニは小人症を患っており、私は例のマウントフジJAZZフェスで何の予備知識もなく初めて彼を見てビックリした覚えがある。しかし、演奏はビル・エバンスを彷彿とさせる素晴らしい内容だった。

さて、このアルバムは収録12曲中、10曲がスタンダード。録音は'95年と言うから、ペトルチアーニ33歳、グラッペリ翁87歳の時か。じいちゃんと孫くらいの共演だが、スタンダードという共通語は世代を超えるという好例。

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