第20話 ピッチの悩ましい話 悩ましい話、第2弾
ギターやマンドリンは「フレット」がある為、演奏中に音程を作るという意識は特にありません。しかし、管楽器やフレットレスの楽器は、自分で音程を作るところから戦いが始まります。
まず、バイオリン。
私もちょっと触った事があるのですが、おけいこ発表会の小学生にも笑われるくらい、正しい音程を取るのに難儀しますね。ホント、「歯が浮くような」とはよく言ったものです。
オクターブの間を均等に12分割した音程を「平均律」と言い、我々が一般に用いている音なのですが(ピアノがそうです)、音と音との間隔(半音)が皆均等の為、転調や移調がスムースに行える利点があります。
しかし、正しいハーモニーを考えた場合、それは均等ではないのです。長調の場合の「ドーミーソ」のミは平均律より少し低め。短調の場合の「ド−ミ♭−ソ」のミ♭は逆に少し高目にしないと綺麗な響きが出ないのです。(これを純正律と言います。詳しい理屈は割愛しますが)
従って、音程を自分で作るバイオリンでは、本来は純正律で弾かなくてはならないのですね。(クラシックの場合、ピアノと共演する時はピアノに合わせて平均律、無伴奏の場合は響きが綺麗な純正律と使い分けているようです。)
JAZZは元々響きを濁らせる音楽ですし、ピアノやその他の楽器とのセッションが多いので、平均律でO.K.な気がしますがどうでしょう?
その辺りを、期待のJAZZバイオリニスト、maikoさんに聞いてみました。(もちろん彼女はクラッシクからバイオリンをはじめた方です。)
「ジャズをやるようになって、濁らせたい音を出したい時は少し低めに音程をとったりしていますが、その他の音程の取り方はクラシックの時とほとんど変わっていません。
私が思うに例えばカントリー、ブルーグラスやブルース、ジャズなどのヴァイオリンはクラシック的な音程の取り方はしていないかもしれません。クラシックを基盤にヴァイオリンを初めたか初めてないかの違いなのでしょう。私もその辺りはまだ研究中ですが、どんな曲を弾くにも基本的にはやはりピッチが良い方が全体がサウンドすると思います。もちろん濁らせるニュアンスも必要なので…難しいなぁ(笑) (談)」
とにかく、バイオリンは自分でピッチを作っていく、また相手に合わせていかなければならない、本当に耳が良くないと務まらない楽器ですね。
次に、トランペット。
唇とバルブで音程が決まる楽器ですが、知り合いのトランペッターの方がこんな事を言っておられました。
「管楽器というのは、どれも同じですが、(トロンボーン以外かも)一定の息の早さ、量を管に吹き込んで指でスイッチを押せば正しいドレミの音程が出るということはなく、全ての音が楽器毎の固体差、楽器としての傾向的な特性に支配された音程の「揺れ」を持っています。
たとえばトランペットで5線のすぐ下のReの音はそのままではピッチが高くなってしまうため、左手でトリガーを伸ばしたり口の中の容積を調整して低く唄う必要がありますが、そのオクターブ上のReはどの楽器も低めに鳴ってしまうので逆に高くする調整をしながら息を吹き込む必要があります。
このような管理項目が増えれば増える程、音楽から離れて楽器という道具との戦いになってしまうのが悩ましいところです。(談)」
う〜ん、大変ですね。他の管楽器とアンサンブルする場合は、当然この特性をクリヤしていなければなりませし、それでも管楽器として馴染みのないキー(B,D,E,Aなど)では、ピッチを合わせるのにかなり苦労するそうです。
え?今あなたは「音程を作るのにこんな苦労をするんだったら、ギターかピアノの方がいい」って言いませんでした?
確かに、ギターはフレットを押さえていればそれなりに音がでます。しかし音階的に厳密に正しい訳ではなく、良く言うと「妥協した」、悪く言うと「いい加減」です。
理論的には太い弦(低音)と細い弦(高音)とで、同じフレット幅なんてありえないんですから。
じゃあ、ピアノか?
そう、正しく調律されたピアノなら、鍵盤を弾くだけで正しい音程がでます。ピアノは平均律で調律されており、本当の事を言えばハーモニー的には多少妥協した産物ですが、ギターほどではありませんしね。
しかし、ピアノはそれ以上の苦労がある事を忘れてはなりません。
それは、ギグ(ライブ演奏:ミュージシャンの仕事としてのライブ演奏を言います)では自分の楽器が弾けないと言う事。(自分のピアノでギグができるなんて、クラシックでもJAZZでも、よほどのビッグ・ネームです。)
有名なライブハウスなら定期的にメンテナンスをしているでしょうが、全てのピアノが良好とは限りません。中にはアクションはガタガタ、調律はいい加減なものも。(maikoさんも「ピアノの状態はさまざまなので、(バイオリンを)ピアノのピッチに合わせて弾いています。」と言っていました。)
運悪くこんなのに当たったら、ひたすら我慢です。その苦痛たるや、耳の良い人ほど耐えられないでしょうね。
あのビル・エバンスでさえ、何度もこんな目にあったのでしょう。皮肉をこめてこう言ってます。
「多くのクラブは、ハウス・ピアノよりもごみ箱に注意を払うものだ」
文:
クリフォード・伊藤
ワルツ・フォー・デビー / ビル・エバンス・トリオ (VICJ-160292)
1961年(私が生まれた年ですゾ!)、ヴィレッジ・バンガードでのライブ盤。
先に紹介した「ポートレート・イン・ジャズ」同様、エバンスの名盤の一つ。
幸いクラブのオーナーは、ごみ箱以上に扱っているようで、ピアノの状態は悪くないようだ。しかし、アルバムタイトルでもある2曲目の「Waltz for Debby」でのスコット・ラファロのベースのピッチが少し甘いような気がするのは私だけ?
尚、デビーはエバンスのお兄さんの娘(つまり姪)の名前。エバンスが作った名曲の1つです。
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Waltz for Debby
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