第13話 音単価

音楽雑誌で紹介される名盤の類は、私の場合(いつもの事で恐縮ですが)大体、「LPレコード」の方が多いです。

たま〜に、マイルス・デイビスの有名盤を聞きたくなると、物置と化した6畳間から引っ張り出してくるのですが、針を落とすと懐かしいノイズやゴミのはねる音。

ましてやレコードに傷などあると、本当に演奏が飛んだり、同じ個所の無限リピートに突入します。CD世代には噴飯ものかもしれませんが、おじさん達はジャケットの表紙の剥げ具合を眺めたりなんかしながら、ここでしばしの感傷に浸る訳ですね。「Things ain't what they used to be...(「昔は良かった」 by デューク・エリントン)と。。。

。。。え〜っと、言いたい事はこれではなくて、そうマイルス・デイビス。

50〜60年代の演奏は、饒舌ではないにしろ、それなりに音数はありました。しかし、それなりにしゃべっていた初期のゴルゴ13が年を経るごとに寡黙になっていったと同様、マイルスも演奏が寡黙化していきました。

彼の場合は、全てがツボにはまった珠玉の1音ですから、元来、訥弁でも(こそ?)味わい深いハズなのですが、80年代の映像をビデオで見た時はさすがにこう思いました。

「もらったギャラ分、少しは吹きなさい。」

確かどこかのライブ(ライブ・アンダー・ザ・スカイ?)での演奏だったと思います。
バックは既に演奏を始めている。マイルスはまだステージに出てこない。
更に演奏は続く。やっとマイルス登場。しかし、トランペットはまだ吹かず、ステージをウロウロ徘徊しはじめる。やっとペットをかまえて、1音だけ吹く。と、吹くのを止めてまたステージをウロウロし始めると、キーボード奏者のそばに行って、今度はキーボードにちょっかいを出す。それが終わると、曲の途中でステージから楽屋へと姿を消す。バックだけは延々とまだ演奏を続けている。。。
(注:なにぶん昔の記憶なので、あいまい御容赦)

「これがオレの仕事だ。」と帝王マイルスに諭されたら、それだけで「何でもあり」になってしまうのがくやしい所ですが、逆にこうも言えるかもしれないね。

「彼のギャラを吹いた音数で割ったら、マイルスの音単価は世界一だ!」

では対極に、音単価が一番安い人は?と考えたら(ただし、JAZZの偉人と言われる人物に限ります。あ、それとドラマーも勝負がつきませんのでこれも除外。)やっぱり「シーツ・オブ・サウンド」と呼ばれるジョン・コルトレーンではないかと。

ちなみに「シーツ・オブ・レイン」(Sheets of rain)を「どしゃ降り」と言いますから、なかなかうまい命名です。他の候補としてピアノのオスカー・ピーターソンもかなりの音数を弾くミュージシャンで有名ですが、コルトレーンの場合は何と言ってもサックスを吹いている時間が異常に長いのです。

盟友、人間ドラムマシーンのエルビン・ジョーンズは「彼は、すぐ終わってしまう曲を2〜3時間かけて演奏するんだ」と言ってますし、コルトレーン自身も1セット40分のライブなんかとても出来ないと語っています。

一旦ライブが始まったらどうなるんでしょうね?1曲たっぷり1〜2時間とかつらいな〜。それじゃ、まるで田舎の法事だ。

エルビン・ジョーンズはこうも証言しています。「テレビに出演した時の事だ。彼は収録ってのも忘れて30分も吹きつづけたんだ。ハハハ!!」

でも、コルトレーンにしてみれば精一杯短くしたのでしょうね。それに彼をよく知っているディレクターなら「あ、やっちまったか」と、きっと意にも介さなかったかもしれません。タイムキーパーは自殺したかったでしょうが。

「最高額の音単価」のマイルスと、かたや「激安の音単価」のコルトレーン。
でもこの両極端の二人が、かつては同じバンドで演奏していたなんて、JAZZの面白いところでもありますね。

文: クリフォード・伊藤

フォア&モア / マイルス・デイビス

フォア&モア / マイルス・デイビス (SRCS-9707)

脂の乗った’65年のライブ盤。たまには爆走するマイルスも聞いてみたい方にぴった りの1枚。たぶん、一生涯で吹いた音の半分はこのアルバムで使ったのではないかと 思うほど、吹きまくってます。音単価、安いです。
 
でも、やっぱり訥々とした「いつもの」マイルスが好きな方は、同じ日に収録されたアルバム 「マイ・ファニー・バレンタイン」をどうぞ。こちらはバラード中心で、落ち着いて聞きたい人向けです。あのタモリ氏も好きな1枚。


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